龍のコンサート三昧2010
【メルマガIDN編集後記 第198号 100715】

龍のコンサート三昧2010 【その8】ベルリン国立歌劇場管弦楽団コンサートを聴く
 今回のツアーでは、ベルリンで連夜のコンサートが予定されており、前夜のベルリンフィルに続いて2010年3月14日には、ベルリン国立歌劇場管弦楽団(シュターツカペレ・ベルリン)の演奏会を聴いた。指揮者にダニエル.バレンボイム、ピアニストのラン・ラン、ソプラノのA.デノケ、ベルリン国立歌劇場合唱団が登場した。
 会場は前夜と同じベルリンフィルの本拠地《フィルハーモニー》だった。当日の演奏は、シューベルトの《水の上の精霊の歌》から始まった。

ベルリン国立歌劇場管弦楽団(シュターツカペレ・ベルリン)
 シュターツカペレ・ベルリンについての記憶は、1970年代にさかのぼる。デジタル録音の先駆けとして開発されたPCM録音で、オトマール・スイトナーの指揮でシュターツカペレ・ベルリンが演奏したレコードが、当時のデンオンから発売されたのを聴いた。
 このころのN響を指揮するスイトナーの演奏も気にいっており、この指揮者が音楽監督をしているシュターツカペレ・ベルリンを知っていた。


D.バレンボイム 【プログラムより】  



ラン・ラン 【同左】

歓声に応えるラン・ラン

 
A.デノケ(ソプラノ)           B.ランズ(作曲)
【プログラムより】


演奏終了後の挨拶
D.バレンボイム  E.フリードリッヒ(合唱指揮)  B.ランズ  A.デノケ


 ベルリン国立歌劇場は、1742年に開場したプロイセン宮廷劇場がこの歌劇場の前身で、現在の形になったのは1844年である。第二次大戦で破壊され1955年に再建、1986年に全面改修された。座席数は1422。劇場はベルリンの東側に位置しており、地名に因んでリンデン・オペラと呼ばれる事もある。
 音楽監督はエーリッヒ・クライバー、ウィルヘルム・フルトヴェングラー、ヨゼフ・カイルベルト、フランツ・コンヴィチュニー、オトマール・スイトナーなどの有名指揮者たちが登場した。1992年からはダニエル・バレンボイムが音楽監督を務めている。

指揮者のダニエル・バレンボイム
 バレンボイムについては、前回の2008年には、ウィーンフィルとの弾き振りでのモーツアルトの《ピアノ協奏曲第27番》と、ブルックナーの《交響曲第9番》を聴いている。

 バレンボイムは, 1942年生まれのアルゼンチン出身のユダヤ人のピアニストで指揮者。現在の国籍はイスラエルである。
 1950年8月に、7歳の時にブエノスアイレスで最初の公開演奏会を開いてピアニストとしてデビュー。1952年にウィーンとローマでデビューして以来、ピアニストとしての名声を確固たるものにしていった。

 バレンボイムが指揮者として活動を始めたのは、1965年にイギリス室内管弦楽団とモーツアルトのピアノ協奏曲を《弾き振り》したことに始まる。1975年から1989年までパリ管弦楽団音楽監督に就任。1991年よりショルティからシカゴ交響楽団の音楽監督の座を受け継いで2005-2006年のシーズン終了後まで続けた。

 1992年からはベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任し今日に至っている。更に2007年よりミラノ・スカラ座の《スカラ座のマエストロ》という事実上の首席客演指揮者(音楽監督は不在)に就任している。

ラン・ランのベートーベン作曲《ピアノ協奏曲第三番》
 ラン・ランはユンディ・リと共に中国出身の将来を期待される若手のホープとして人気がある。
 1982年生まれ、5歳で瀋陽ピアノ・コンクールに優勝。9歳で北京の中央音楽学院に入学し、12歳で、ドイツで開かれた第4回エトリンゲン青少年ピアノ・コンクールで最優秀賞および技能賞を獲得。
 1995年、仙台市で開催された第2回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールに出場してショパンの《ピアノ協奏曲第2番》を演奏し優勝した。

 1999年に17歳のとき、ラヴィニア音楽祭のガラ・コンサートで、急病のアンドレ・ワッツの代理として、チャイコフスキーの《ピアノ協奏曲第1番》を、クリストフ・エッシェンバッハが指揮するシカゴ交響楽団と共演し、これが今日の名声を得るきっかけとなった。

 ラン・ランが登場すると、若いファンや中国出身の応援団と思われる人たちのひときわ高い拍手が起こった。
 ラン・ランのベートーベンは軽やかで勢いがあり、身振りも楽しげな演奏だった。同じくピアニストでもあり、今回は指揮を受け持ったバレンボイムは、若いラン・ランの思い通りの演奏を支えている風だった。

 演奏終了後の反応もひときわ高く、ラン・ランの親衛隊がたくさん押しかけているのではないかと思われた。バレンボイムはラン・ランと並んで挨拶をしたあとは登場することもなく、歓声を受けるラン・ランの引き立て役に徹していた。
 スタンディングオーベーションをしていた聴衆の席のいくつかは、休憩の後の演奏が始まったときには空席となっていた。

ベルナルド・ランズ作曲《apokryphas》(ヨーロッパ初演)
 この曲はほとんど知られていない。今回のツアーの案内にも、《ベルナルド・ランズの作品(ヨーロッパ初演)》とのみ記されていた。ツアーに出発する前にウエブで、シュターツカペレ・ベルリンのコンサートの案内より、曲目を知り、謂れを調べてみた。

 この曲は、シカゴ交響合唱団の創設者で1957年から1994年まで合唱指揮をし、1998年に亡くなったマーガレット・ヒリス氏に敬意を表しして、ピューリッツァー賞受賞者でもあるバーナード・ランズに委嘱して作曲されたもの。大規模なオーケストラにソプラノ独唱と合唱が加わった35分ほどの作品。2003年5月8日にバレンボイムの指揮によりシカゴで初演されている。

 シカゴで初演したバレンボイムにとって、現在の自分の手兵であるオーケストラと合唱団を率いて、思い入れを持ってヨーロッパ初演を試みた演奏会だったと思われる。
 それにも関わらずベルリンでの反応は予想外だった。ラン・ランだけを聴いて早々に引き上げた人はともかく、この曲の演奏後の客席の盛り上がりはいまひとつだった。演奏が終わるとすぐに席を立ち帰りを急ぐ人も多く、前夜の、ヤンソンス、ベルリンフィルによる、ベルディの《レクイエム》の終了後とは大違いだった。演奏そのものは悪かったはずはなく、やはりこの曲の知名度の低さが原因なのだろうか。演奏者たちに、ちょっぴり悪いなという気持ちになった。

エピローグ
 1年おきにベルリンへ3回訪れて、毎回贅沢なコンサートを聴いた。前回の2008年には《フィルハーモニー》が火事になって、野外音楽場《ヴァトビューネ》でのコンサートは予想外だったが、今回は予定通り《フィイルハーモニー》でふたつのオーケストラの演奏会を聴くことが出来た。
 10時過ぎにコンサートが終了し、バスでホテルに戻り、翌日の出発のための荷造りをしながら、再びベルリンを訪れることはないのかな、と思いながらベルリンでの最後の夜を過ごした。

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