デジタルアーカイブ《綴(つづり)プロジェクト》

【メルマガIDN編集後記 第221号 110701】

 日本橋(東京都中央区)にある東海東京証券の1階ギャラリースペースで開催された《京都・美の継承~文化財デジタルアーカイブ展~2011年2月9日から2月25日》を見に行った。《綴(つづり)プロジェクト》により制作された高精細複製品が展示され、私にとって興味のある《狩野山楽筆 龍虎図屏風 妙心寺所蔵》を見ることができた。


《京都・美の継承~文化財デジタルアーカイブ展~》会場



狩野山楽筆 重要文化財《龍虎図屏風》 六曲一双


龍図屏風


龍の頭部


俵屋宗達筆の国宝《風神雷神図屏風》


龍の謂れとかたち》はこちら

《綴(つづり)プロジェクト》
 日本古来の貴重な文化財のなかには、海外に渡った作品や劣化防止が求められる作品は限られた期間しか私たちが目にすることができない。
 《綴(つづり)プロジェクト》は、キヤノンの最新のデジタル技術と京都の伝統工芸の技を融合させ、オリジナルの文化財に限りなく近い高精細複製品を制作することを通して、多くの人に貴重な文化財の価値を身近に感じてもらおうとするものである。

 2007年3月、京都文化協会とキヤノンは《綴(つづり)プロジェクト(正式名称:文化財未来継承プロジェクト)》を立ち上げ、2007年3月より2011年の3月までの第一期から第四期の間に、合計21作品の高精細複製品を制作し、全国の所蔵者および海外に渡る前に所有していた寺社および地方自治体に寄贈してきた。
 今後も、本プロジェクトを社会貢献活動と位置付けて継続し、高精細複製品を広く一般に公開し、日本文化の再認識を図るとともに、教育的な観点からも高精細複製品を有効に活用していくそうである。

工程
 《綴プロジェクト》において、オリジナルの文化財に限りなく近い高精細複製品を制作する工程を紹介する。

(1)入力:高精細デジタルデータの取得
 原寸大の出力が可能なデジタルデータの取得に、デジタル一眼レフカメラ「EOS-1Ds MarkIII」と、微細な動きまで制御できる旋回台を使用し、多分割撮影を行い、撮影したデータをパソコンで合成する。画像処理時における劣化は最小限に抑えられ、またレンズ収差による「ひずみ・ゆがみ」などの補正も施される。

(2)色合わせ:高精度なカラーマッチングシステム
 取得された高精細デジタルデータに、社寺や博物館など、撮影場所によって異なる固有の照明環境に応じた画像処理を施し、忠実な色を再現する。

(3)出力:世界最高レベルのプリンティング技術
 12色の顔料インクシステムを採用した大判プリンター《image PROGRAF》により画像処理を行ったあとのデータを忠実に出力。水墨画の繊細な濃淡、陰影が生み出す立体感、経年変化による文化財の微妙な風合い、質感を実物と遜色なく再現する。使用する《和紙》は、文化財の出力及び金箔加工などに最適化するため、独自に研究・開発されたものを使う。絹本への出力も、独自開発した絹本を使用することで実現した。

(4)金箔:古来より伝承される《箔》伝統工芸技により再現
 日本の文化財の最大の特徴である金箔・金泥や雲母(きら)のは現在のプリンティング技術では再現が難しい。この再現には、京都西陣の伝統工芸士裕人礫翔(ひろひとらくしょう)が熟練の手技を振るう。箔の経年変化の再現には、《古色》の技法が用いられ、風合いを重視して表現、作品の持つ“年代”を再現している。

(5)表装:京で鍛えられた確かな技術
 京都の表具師横山央一により表装がなされる。屏風の金具や古色、裏面の切地、襖であれば建物へのしつらえ、絵巻物の表紙にあたる見返し部分まで、オリジナルに近い姿で忠実に再現される。

重要文化財《龍虎図屏風》
 お目当ての重要文化財《龍虎図屏風》は、江戸時代の17世紀に狩野山楽により描かれたもの。オリジナルは妙心寺に所蔵されている。屏風の員数は六曲一双、サイズは縦179.5cm×376.5cm。材質は紙本金地着色。
 強風になびく熊笹の姿が天から舞い降りる龍の勢いを示している。振り向きざま咆哮する虎の姿は、迫力を感じさせる。猛獣の持つ強い生命力を現す絵画としては、狩野永徳の国宝《唐獅子図屏風》と並び称される。

 このほか、狩野内膳筆の重要文化財《南蛮屏風》や尾形光琳の《八橋図屏風》、俵屋宗達筆の国宝《風神雷神図屏風》等が展示されていた。

 建仁寺が所蔵する国宝《風神雷神図屏風》は、現在は京都国立博物館に寄託されており、展示される機会が少ない貴重な作品。今回展示されたのは、キヤノンおよび京都文化協会が、《風神雷神図屏風》の高精細複製品を、上海万博のために制作し出展されたものとのこと。

デジタルアーカイブを振り返る
 ずっと昔に、源氏物語絵巻の高精細複製品や唐招提寺のVR(バーチャルリアリティ)を見た記憶があり、調べてみた。

 平成10年度に、通商産業省(現 経済産業省)により、《先導的アーカイブ映像制作支援事業》が実施された。源氏物語絵巻は日立製作所により制作されたもの。
 唐招提寺に関するものは、凸版印刷により制作された《唐招提寺-鑑真と東山魁夷芸術-》である。凸版印刷のホールで、唐招提寺の仮想空間に入り、上空から屋根の鴟尾に近づく体験をし、御影堂の中の東山魁夷の襖絵を見たことがある。これは、唐招提寺の解体修理が始まる前のことであり、長期にわたる解体修理中にも仮想体験ができることを狙っていた。

エピローグ
 デジタルアーカイブでは、映像技術を駆使して記録し、劣化の無い映像で永久に素材のオリジナルに近い姿を伝えて行くだけでなく、損傷した文化財を再現し、写真では理解し難い動き等をコンピュータグラフィックスによるVR映像で表現するなど、その効用は大きいものがある。これは、13年前の通産省(当時)のプロジェクトの狙いも、《綴プロジェクト》の考え方も同じである。

 俵屋宗達の国宝《風神雷神図》の本物を2008年に東博の平成館で開催された、尾形光琳生誕350年記念《大琳派展~継承と変遷~》で見たが、再度見る機会はなかった。本物を見るにこしたことはないが、最新の技術の粋を尽くして制作された作品を見るのも楽しいものである。

 今回は写真撮影も許してもらったので、私の《龍の謂れとかたち》のアーカイブの一ページを飾ることにもなった。現地にいたキャノンの担当者が、私が龍の屏風の写真撮影をする間、説明用のプレートを屏風の脇にどかしてくれた。この親切にも感謝したい。