編集後記集
トレンド研究会:今年はトレンドを読み本の出版を目指す
【NO90・060101


 「トレンド研究会」が産声を上げたのは、1965年のことだそうである。私が参加させてもらったのは1978年5月のこと。それから27年も経っている。職場が八幡にあった同窓生を中心に集まって時事問題などを話し合う会で、「例の会」とか「65会」という名前だった。私がこの会に参加させてもらったころは「読書会」とよんでいた。

 S社とM社と私のいた会社で組んだプロジェクトがあり、S社のTTさん(ITエンジニア)より、顔を出してみないかと声をかけられたのがきっかけである。当時は昼休みに八重洲の龍名館に集まり、食事をとりながら、話題提供者の話を聞いて勝手なことをしゃべっていた。私の職場が東陽町にあり出席するのに至極便利であり常連になった。

 「トレンド研究会」への名称変更したのは1989年3月のこと。「このままお喋りをしていても仕方がない。一つテーマを決めて、それを記録に残して何かを作ってみようよ」ということになって、出席者がテーマを持ち寄った。いずれも「トレンドを読む」ということで筋が通っているということになり、「トレンドを読む研究会、即ちトレンド研究会」と命名することになった。
 会場が新築なった如水会館の14階のバーラウンジに移り、その後レストランに場所を替え今日に至っている。開催時間も夕方になり、食事に若干のアルコールも飲むようになった。

 時が移るにしたがって出席するメンバーの出入りが多い。参加する方々の多彩さに驚き、話題に興味を持って、都合のつく限り参加して27年。数年間幹事役を勤めたこともある。参加者は皆忙しい人が多く、毎月開催していた頃には、4人が出席できるときには開催するルールで、その時々の顔ぶれは変化しながら今日まで続いている。現在は3ヶ月に2回ほどのペースになっている。

 「トレンド研究会の」を明確に示すのは難しいが、顔ぶれの一部を紹介してみるとその一端を知ることが出来る。(わかりやすくするためにハンドルネームも)

KTさん【元記者】:A新聞の経済記者で活躍、電子計算室長、東京事業開発室長、北陸A放送の役員、リタイヤー後は観光情報協会の事務局。慰問という口実のもとに数人で金沢へ押しかけて遊び、レンタカーを借りて輪島まで足を伸ばしたこともある。

MKさん【社長】:鉄鋼S社と人材会社と合弁会社(転職支援と人材派遣)にS社より出向、転籍して社長になり、退路を断って新しい世界を切り開いて活躍中。

KHさん【先生】:銀行員から大学教授に転身、著書多数、「日本版ビックバンのすべて」で金融・証券市場の大変革の予兆について、トレンド研究会で講義をうけた。

TTさん【ITエンジニア】:鉄鋼S社で製鉄所の情報エンジニアリングを担当、IT関連会社の幾つかに出向、リタイヤー後国際企業経営者協会の事務局長に。

FHさん【メディア人】:N新聞社で政治部や経済部記者、テレビTに出向しディレクター・プロデューサー・キャスターを勤め、N新聞社にもどりブロードバンドニュースのストリーミング配信を軌道にのせる。「インターネット・サバイバル」を上梓。私が企画を受託している通信ネットワーク関連の団体のセミナーにも登場してもらった。

KHさん【損保】:キャスターさんの友人、外務省から大手損保会社に入り、会社の大合併を経て新天地で再保険を担当。

ISさん【仕掛け屋】:大手不動産より独立、石油メジャーで店舗展開に従事、不動産開発など多様なプロジェクトのプロデュースに奔走中。

ISさん【会社予知】:鉄鋼S社より関連会社へ出向、「危ない会社を予知するシステム」を開発して独立、バブル崩壊後から今日までこのシステムは融資担当者などにも広く活用されている。先日久しぶりに登場し最近の話を聞かせてもらい、このシステムによる企業の格付け評価が掲載されている「格付速報 05年春夏号」をいただいた。

OCさん【女丈夫】:元外国R航空会社の日本地区広報室長、キャリアーウーマンとしても有名人の国際派。かたわたら「ドイツおいしい物語」を上梓し食文化論を。

ITさん【自称飯屋の社長】:鉄鋼S社より外食産業との合弁企業に出向し社長業を、幾つかの会社を経て、今は高齢者介護協会の理事長。若い頃琵琶湖でヨットに乗っていた人で、ヨットを教わりながら共に海を楽しんだ。

WRさん【鹿児島の豪傑】:最近は現れないが私が参加した頃にインパクトの大きかった方、鹿児島出身。当時は経済広報センターの常務理事、現在は経団連の事務総長。以前、やさしく「経済」を教える本を書いたときに、「生部さんに読ませたかった」とにっこり。

KTさん【企画屋】:鉄鋼S社で新規事業開発に従事、IT関連会社を設立、独立して企画会社を設立、企画屋さんのプロジェクトに参加して出会った人に松岡正剛・逆井直樹(日産のBe−1やPAOのコンセプトを開発、上梓した「コンセプト気分の時代」をいただいた)など、私が参加した頃の幹事役を勤めてくれた。

 その他、化学会社からベンチャーキャピタルに転じたATさん、海外勤務よりもどってすぐに話を聞いたA新聞社のAHさん、金融再編の荒波の中に身を置いてポートフォリオマネージャーでがんばっているYSさん、最近参加するようになった元記者の同級生のユニークな方々など興味の尽きない方々がそろっている。

 皆さんは仕事人間としても頑張っている人達であり、出向や転職の経験も一度ではなく経験豊富である。入社以来ひとつの会社で全うしたのは私一人であり、ここでは異人種であるかもしれない。井の中の蛙にならないように知識と知恵を授けてもらい、あるときは勇気をもらった。楽しくお酒を飲むこともあり、私にとって貴重な財産である。

 私が参加する前のお話。朝日新聞社が1969年1月に「2001年の日本」を予測する本を発行した。「65会」では、昭和40年代のはじめに「30年後に日本で乗用車はどこまで普及するか」というテーマで各メンバーが予測をし、全員外れたことがあった、という話が2005年12月の忘年会を兼ねたトレンド研究会のときに話題になった。これが伏線。

 忘年会で全員が近況と最近の思いを述べた中で、先生から提案があった。2010年あるいは2015年(メンバーが生存している可能性のある範囲で)にこの世の中はどうなっているのか、メンバー各位が専門分野あるいは関心を持っているテーマで、先(トレンド)を読む。それを文章にまとめて出版する、というもの。かつてベストセラーを出した先生によると「出版社に売り込めば乗ってくるはず」とのこと。お正月に皆がいろいろ考え、2月のトレンド研究会で、自分のテーマを決めようということになった。

 社長が持っていた1969年出版の本を元記者宅に送り、元記者は早速その抜粋して表にし、かつての乗用車普及予測結果を、メンバーに送ってくれた。この表には2015年の予測について12分野の記入欄も設けてある。

 先生の提案で、今年はトレンド研究会にも緊張が走り、本来の活動が出来るかも知れない。皆さんは広い知見があり、書くことや纏めることの達者な人も多いので、日の目を見ることを年初より期待している。【生部 圭助】


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