編集後記集
【メルマガIDN 第135号 071115】

■編集後記 スペイン紀行2007 【その4】七支刀にインスパイヤーされた花でメッセージの発信
 今回のソルソーナでの花展では、華道の伝統と精神についての講演、いけばな体験工房、活ける過程を示すデモを実施した。そのほか公式行事へも参加したが、花を活けてフェスタ・マジョールの会期中カテドラルのギャラリーの廻廊に展示することが最も大きなイベントだった。

 今回は、サンタ・マリア大聖堂(12世紀に建設)のギャラリーを使わせてもらうことになり、西洋の精神が凝縮されたカテドラルの空間と日本の伝統文化である「いけばな」の双方の文化のフュージョンを実現するのをコンセプトとした。

カテドラルのギャラリーが舞台
 私自身はこのカテドラルに2004年に立ち寄ったことがあるが、その日はお葬式が行われていて中に入ることが出来なかったし、もちろんギャラリーにも入ることが出来なかった。
虔之介さんにお願いをして、この空間とスケールを知るために人物の入った写真を数枚送ってもらった。ギャラリーの方位、柱の太さ、柱と柱の間隔、廻廊の幅などのデータをもとに、簡単なスケッチを描いて、作品を検討するための空間の把握をしてもらった。

花材の準備
 いけばなに使用する花は日本から持ち込みことが出来ないことは周知のことだったので、当方の花の調達責任者は周到な準備を行った。まずソルソーナの花屋さんの店先の写真を送ってもらった。写真を参考にしながら花の発注リストを作成し、虔之介さんに送った。ソルソーナでは、奥さんの和子さんがお花の担当になり、要求する花の有無、要求にそえない花の代替の案を示してくれた。花の色、大きさ、茎の長さ、枝物の大きさと長さなど思うに任せないことも多かったが、ソルソーナに到着した翌日に、虔之介さんの知り合いの農園へ行き、たくさんの材料をいただいたことでほぼ満足できる花材料がそろった。

花を活け、作品に名前をつける
 3日目の朝から、会場の設営と平行して大崎会長の松を組むことから活けこみを開始した。前日から下ごしらえがなされており、順調に会長の花が一段落。各グループがそれぞれの生けこみにかかる。各グループの活け込みが終了し、中庭の泉水のデコレーションとデモンストレーションの花の準備が終了したのは夕方近く。でも、ソルソーナではまだおそい昼といった感じ。

 当初は計画していなかったが、それぞれの作品に名前をつけようということになった。《祈り》・《希望》・《清流》・《舞妓》・《光と影》・《日本の秋》・《情熱》・《七支刀》という名前が付き、かつて神がお出ましになったといわれる泉水の装飾には《神の花》、デモンストレーションの花は《中秋の名月に捧げる花》と名づけられた。詩音君は早速カタルーニャ語に翻訳して印刷。厚紙を使ってパネルに仕立てて、各作品の前に置くことで活けこみを終了。

「七支刀」にインスパイヤーされた花でメッセージの発信
 私がソルソーナで活けた花に「七支刀」という名をつけた。「七支刀(ななつさやのたち)」は、天理市の石上(いそのかみ)神宮に所蔵されている。左右交互に各3個の分枝をもつ特異な形状をした鉄剣。369年に百済で作られ、3年後の372年に倭王のもとに届けられたもの。日本書紀に「七枝刀一口、七子鏡一面、それにさまざまの重宝を献(上)した」と記されている。《山田宗睦著『原本現代訳日本書記(上)》より引用。
 この刀身の表裏両面に金象嵌された61文字の銘文があり判読が困難な部分が多く、銘文の解釈・判読を巡って学会の話題になっていることでも有名。「七支刀」は昭和28年に国宝に指定されている。

 この「七支刀」について知ったのは、《中山真知子著 『立花と七支刀 いけばなの起源』2002年1月 人文書院発行》である。著者は、「七」と「北」という視点を通して、石上神宮の宝刀である「七支刀」と伝統いけばな「七枝の型」が酷似していることから、それを検証することにより、いけばなの起源を論証した、と記している。
 西洋の精神が凝縮されたカテドラルの空間に、日本の伝統文化である「いけばな」の起源といわれている「七支刀」持ち込んで見ようと思った。

 『立花と七支刀 いけばなの起源』に示されている形と全長が74.8cm(74.9cmと書いた文献もある)であるとの情報をもとに、原寸大の「七支刀」をダンボールで作ったが、旅行カバンに収まらないので2分割して運んだ。活けこみの日に一体化してダンボールにアルミホイールをかぶせて光り輝く「七支刀」を製作した。そして、現地で調達した枝物と花で作品に仕上げた。

 「七支刀」を「七枝刀」と書くと直接的に生け花のイメージにつながってくる。お花のことであるからもちろん形状的なことも重要であるが、今回は7つの「支」にこめる思いに重きをおいた。本書の中の図「仏神の花 華厳秘伝之大事」の説明に、<一枝:主人賞翫枝・主人敬愛><二枝:富貴自在・客人賞翫><三枝:主君・親子枝・安全><四枝:寿命長遠・命枝・水持><五枝:師枝・諸仏列座><六枝:諸神・影向か・神枝><七枝:天長地久>と書かれていることに触発された。

 フェスタ・マジョールの開会式の直前に、市長にわれわれの作品を観てくださるようにお願いした。市長は気さくに、会長の作品から巡回し、それぞれの製作者は自分の作品の題名と意図を説明した。
 私のところでは、一番上の「支」ではソルソーナ市の発展を、2番目の「支」では市長の健康と活躍を祈念していることを告げ、順に松風花道会の発展と今回の花展の成功を願っていることなどを説明した。2番目の「支」の説明で市長の表情が和んだ。

 今年の春から夏にかけて、あるプロジェクトへの参加しており、ソルソーナの花展の事前の準備でも忙しく、作品作りのチーム編成に加わる時期を逸してしまった。数十年続けている大御所の先生たちと、中堅の強力なグループの中で、作品作りは遠慮しようかとずいぶん悩んだが、土壇場で参加することに意義あり、と決心したのが正直なところである。今回参加した17名の中で最も新参者の無謀な冒険だったかもしれない。【生部】

  
七支刀の寸法の割りだしと作品の展示  右手前は泉水