ヨーロッパの善い龍

【メルマガIDN編集後記 第241号 120501】

 今年は辰年。これまで、ヨーロッパにおける《竜(ドラゴン)の系譜》を整理し、ヨーロッパにおける竜(ドラゴンは)は邪悪なもの、怪物的なもの、驚異的なもの、悪の象徴とされ、天使や英雄に退治される竜(ドラゴン)の例を示してきた。
 しかし、ヨーロッパにおけるドラゴンには、このような《悪い竜》だけでなく、龍のパワーを崇拝する《善い龍》の例も存在している。今回は、《ウェールズの赤いドラゴン》のお話を中心に、《善い龍》について紹介する。


蛇赤いドラゴンと白いドラゴンの戦い 15世紀の写本
マーリンが王にドラゴンたちの戦いの象徴的意味を説明している
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳『ドラゴン神話図鑑』



ウエールズの旗 《赤きドラゴンが道を示すであろう》
1807年にウエールズ王の副紋章として登場した
ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳『ドラゴン神話図鑑』】


ウロボロスの版画
『賢者の石』に添えられたルーカス・イエニスによる
ウロボロスとは環状になって自分の尾を飲み込んでいるドラゴン
完全や無限を象徴する
ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳『ドラゴン神話図鑑』


トレドで見た刀剣のレリーフ
市の紋章である鷲との見分けがつかないものも多い

2008年に生部が撮影 写真をクリックして詳細説明に】


ガウディの《グエル別邸》の門扉の龍
細江英公 『ガウディの宇宙』より】



マイセンの紅い龍の絵柄の磁器 18世紀
ドレスデン陶磁美術館(ツヴィンガー宮殿)
2008年に生部が撮影  写真をクリックして詳細説明に

ヴォーティガーンの城
 ブリトン人の王国がサクソン人による侵略で荒廃してくると、ヴォーティガーン王はスノードン山の上に城を築こうとした。ところが、石工たちが基礎を積み上げて、その日の仕事を終えるたびに、地中深くにいる何者かが大地を震わせて基礎を壊し、工事を振り出しにもどしてしまう。
 王の相談を受けた魔法使いたちは、父親無しで生まれた少年を殺して、血を城の基礎に撒けば、いかなる城攻めにも耐え得る丈夫な基礎になるという。

マーリンという名の少年
 王国中に使いが出され、マーリンという少年が探し出され、母親と共に王宮に呼び出される。
 母親が語るところによると、彼女は高貴な生まれの未婚の乙女だったが、あるとき美しい若者が部屋に現れて、彼女と語らい、口づけをすると消えてしまった。その後、若者は何年も経ってから再び姿を現し、一度だけ臥所を共にして消えてしまうが、その時彼女のお腹には若者の子が残された。
 身の上を語り終えた母親と少年は、魔法使いたちが、少年の血を城の基礎に撒き、城を強固にしなければならないと告げたことを知らされる。

赤いドラゴンと白いドラゴンの戦い
 これを聞いたマーリンは、偽りを暴くために魔法使いたちを集めてもらうよう、王に嘆願する。
 マーリンは魔法使いたちに、城の基礎の下に何があるかと尋ねる。魔法使いたちは知らないと言い放つ。マーリンに命じられて石工たちが掘ると池が出てきた。
 それから、マーリンは池の下に何があるかと魔法使いたちに尋ねた。彼らが知らないと言い放つと、マーリンは池の水を取り除くように命じ、こう述べる。
 「ああ、王よ、池の水が取り除かれれば、その下に二つの洞窟があることがわかりましょう。その洞窟の中にこそ、問題の根源が眠っているのです」
 王は、干上がった池のふちに行き見ていると、赤いドラゴンと白いドラゴンが洞窟から出てきた。二匹は互いに口から火を噴いて相手に近づき、つかみ合って争ったが、白いドラゴンの方が赤いドラゴンを凌駕し、干上がった池のふちに相手を追い詰めた。
 だが、赤いドラゴンはそこで再び力を集め、白いドラゴンを打ち負かした。 王はマーリンに、これは何の前触れかを尋ねる。

マーリンの予言
 赤いドラゴンはブリトン人を、白いドラゴンはサクソン人をあらわしている。悲しいかな、赤いドラゴンは白いドラゴンに敗れ、白いドラゴンは赤いドラゴンの洞窟を占領するでしょう。
 ブリトン人を根絶やしにせんとして、あらゆる山や谷はひとつの平原にされ、川には血があふれます。しかし、長き時を経て白いドラゴンは力を取り戻し、勝利するでしょう。

 ブリトン人の庭には、異国の種が蒔かれ、赤いドラゴンは池の対岸で苦しみながら待つのです。三百年を経てついに我ら人の復習が白いドラゴンを襲い、あ奴らの種は我らの庭からを根こそぎにされ、その生き残りもことごとく滅ぼされます。ウェールズ全土が喜びに満ち、かつてのような緑が生い茂るのです。
 王は、マーリンの予言にはもちろん聡明さにも驚嘆した。そこで、王は、自分がいかなる死を迎えるかについても尋ねる。(以下は省略)

ウェールズの旗
 赤いドラゴンがブリトン人の国家の自立と、侵入してきたサクソン人の排除の象徴となっている。
 ケルトの建国伝承では、この赤いドラゴンはかつて大地が出来た頃に、地震や災厄を起こしていた黒いドラゴンを打ち倒し、ケルトの地に平和をもたらしたとされる。

 ウェールズの国家的象徴である赤いドラゴンの神話は、サクソン人の前にブリテンに侵入してきたローマ人によってもたらされた。ローマ帝国が小アジアへ遠征した際に旗に描かれたドラゴンを見て、自らの軍旗に赤いドラゴンを使用したと言われる。

 ウェールズの旗は白と緑の地に赤い龍を配したもので、15世紀に確定し、赤い龍が国を守る象徴として今もウェールズ全域で広く使用されている。英語で《Welsh Dragon》とも呼ばれ、赤い色は《血》を、ドラゴンの姿は《独立》を現しているという。
 ラグビーのウェールズ代表の愛称は《レッド・ドラゴン》であり、ラグビーの名門として力を誇っている。

 しかし、最初の英国旗が制定された時、既にウェールズはイングランドに併合されてしまっていたために、英国旗にかつてのウェールズ旗のデザインが採用される事は無く、現在の英国旗に赤いドラゴンの姿は見る事はできない。

善い龍の例
 龍には超自然的な能力を持ち、神聖視され、荘厳で、強力な意思を持つものとして崇拝されている《善い龍》もある。
 イギリスでは、ワイヴァーンと称される二本の足と翼を持ったドラゴンが霊力を持つ聖なる動物として扱われている。英国王室の紋章、ロンドン市の紋章、ロンドン橋、ミッドランド鉄道会社の紋章、レドン・ホール市場の入り口などに見られる。

 古代ローマでは強い力を象徴する龍を軍旗に用いて戦意を鼓舞していた。 船に龍頭をかたどったものがあり、トレドでは闘牛士が使う刀剣の柄に龍のレリーフを、バロセロナでは建物の入り口の装飾に龍のレリーフを見た。
 
 ガウディのグエル別邸の門塀では鉄製の龍のレリーフが置かれ、邸宅の入口をガードしている。
 マイセンでは龍の絵柄をあしらった磁器が今も販売されており、ドレスデン陶磁美術館(ツヴィンガー宮殿)には、18世紀に製作された16点の紅い龍の絵柄の磁器が展示されている。

エピローグ
 米航空宇宙局(NASA)は、2012年4月16日に、国際宇宙ステーションに飛行士や補給物資を運ぶ目的で《スペースX社》が開発した、新型宇宙船を4月30日にケープカナベラル空軍宇宙基地から打ち上げることを発表した。全長約5.1M、直径約3.7Mのカプセル型の宇宙船の名前は《ドラゴン》と名づけられている。

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