松谷みよ子の『龍の子太郎』
【メルマガIDN編集後記 第311号 150401】

 自称龍楽者にとって、民話や神話、童話や絵本、ファンタジーなどに登場する龍も興味の対象になっている。私のホームページ《龍の謂れとかたち》にもこれらに登場する龍や竜(ドラゴン)を紹介している。ここでは一応、《善い龍》と《悪い竜》と仕分けをしている。
 松谷みよ子は、『龍の子太郎』や『ちいさいモモちゃん』などの作品で知られる童話作家。龍が登場する『龍の子太郎』は、以前に読んだことがあるが、松谷みよ子が2015年2月28日に89歳で亡くなったことを知り、改めて読み直した。


昭和39年(1964年)版 装本:久米宏一


昭和39年(1964年)版 挿し絵:久米宏一


昭和39年(1964年)版 挿し絵:久米宏一


平成18年(2006年)新装版  画:田代三善


平成18年(2006年)新装版  画:田代三善

松谷みよ子
 松谷みよ子は
1926年に東京都に生まれる。1951年に『貝になった子供』で1回児童文学者協会新人賞を受け、『龍の子太郎(1960)』で第1回講談社児童文学新人賞、国際アンデルセン賞優良賞、サンケイ児童出版文学賞を受賞する。
 以来、自身の子育ての経験を踏まえた『ちいさいモモちゃん(
1964)』をはじめとする《モモちゃんとアカネちゃん》シリーズ、『いないいないばあ』などの赤ちゃん本シリーズなどの連作、絵本、小説など、多くの作品が幅広く支持された。民話研究室を主宰し、全国の民話や民間伝承を採集する活動にも長年取り組んだ。

『龍の子太郎』の誕生
 『龍の子太郎』のあとがきに、松谷みよ子が民話採訪の旅に出たことが書いてある。
1956年に長野県を歩いて『信濃の民話』をまとめ、続いて秋田、和歌山とはいった。「民話とはこれほどまでに土地に生まれて生きた人びとの喜びや悲しみがこめられているものだったのか。・・・」との感想を持った。
 巡り合ったかずかずの主人公の中で最も心をひきつけたのは、信州に伝わる小泉小太郎の伝説だった。
 昔、信州にはまんまんと水をたたえた湖があった、小泉小太郎はこの湖の水を落として田んぼを拓こうと、ある日、母龍の背中に乗って山を切り開き、遠い北の国へ水を流した。この時現れたのが松本・安曇の両平野で、流れた川が犀川。

 小県群中塩田のあたりには、蛇の子とされる小太郎の出生と幼時が語り残されている。中塩田の小太郎については幼時の雄大で野放図な逸話は多いが、長じて何もしなかったという。

 同じ信州なのに話が断片化している、このままではいけない。祖先の残してくれた話をよみがえらせ、日本の子どもに渡したいと、『龍の子太郎』を書き始めたそうである。もうひとつ忘れてならないのは、「水との闘いの悲しく苦しい民話を数多く聞いていた」ことが、『龍の子太郎』を書く大きい動機となっていることである。

龍の子太郎のあらすじ
 以下に、『龍の子太郎』のあらすじを記すが、『龍の子太郎』を後程読んでみたいと思われている方は、《ネタバレ》になるので、あらすじを読まないことをお薦めする。

<その一 龍の小太郎とあや>
 村はずれの小さな家にばあさまと太郎という男の子が住んでいたことから話が始まる。太郎はのんきぼうずのあばれんぼう。両脇のしたに鱗の形のあざが三つずつあり、「たつの子 たつの子 まものの子」とはやしたてられる。
 ある日、ばあさまが急斜面の小さい畑で転んで腰を痛めてしまった。いつなんどきぽっくり逝ってしまうかわからないからそのまえに言っておく。おかはたつというばさまの娘。婿になってもらった木こりの又平がおとう。おとうは太郎がうまれるまえに山で死んでしまった。
 あるひ、山の仕事の当番になり、身重のたつが山へ行く。山が嵐になって、たつがいなくなってしまう。ばさまが山に走り大きな沼にたどり着いて、龍の姿になったたつと出会う。たつは、何としてもお腹の子を産むので育ててほしいと言って、沼の底深く沈む。

 そしてある日、川上から流れてきた木の枝で編んだ小鳥の巣のようなものの中に太郎を見つける。
 太郎は手に持っていた水晶のような玉をしゃぶり成長する。やがて玉がなくなり、ばさまは再び太郎とともに沼へ行き龍(たつ)に会って、龍(たつ)よりもう一つの玉をもらう。実は、これは龍(たつ)の目、たつは目の見えない龍となる。太郎が三歳の頃、龍(たつ)は、遠い北の湖へ行くと言い残して去る。
 折しもその時、仲良しの娘・あやが鬼にさらわれる事件が発生。《その一 龍の小太郎とあや》では、小太郎があやを助けて、村に送り返す顛末が書かれている。

<その二 おかあさんをたずねて>
 太郎は、母を探して歩く途中に寄った、にわとり長者の家の近くの池に棲む白いヘビに龍の居所を知っているばさまの小屋のありかを教わる。太郎は、九つの山を越えて母を探す旅に出る。道中、太郎は多くの人たちと出会い、米作りなどのことを学ぶ。

 太郎は苦難を越えて龍になったお母の住んでいる沼に辿りつき、龍となった母と出会う。そこで、母は龍になった事情を太郎に話す。
 太郎がまだお腹にいて、つわりで何も食べられなかったころ、村の仕事で山へ行った。飯炊き番をしていたとき三匹のイワナを捕まえた。なかなか帰って来ないみんなを待つうちに、魔が差したように三匹のイワナを食べてしまった。言い伝え通り、たつは龍になってしまう。太郎を産むと龍のたつは、乳の代わりにと自分の目玉をくりぬいて太郎にしゃぶらせて、太郎を育てた。

 太郎は、ばあさまや村の人たちが広い平らな土地で幸せに暮らせるようになって欲しい、そのために、山を崩して沼の水を全部海へ流して後に平らな土地を作りたいと願う。
 母龍のたつは、生きてゆくために必要な沼がなくなってしまうがそれでよい、鉄よりかたい体をぶっつけて山を砕こう、と答える。

 しかし、山は手ごわく、龍のからだからは血が流れ、吐く息は炎となって山肌を焼く。その時、以前の太郎が助けた鬼が雷様を集めて山を砕き、裂け目が広がりながら水が流れ出す。そしてそこには、山々に囲まれた湖の底からたいらかなよく肥えたが現れる。

 太郎の手が、龍の傷口をさすり、太郎の涙が龍の目にかかっとき、「りゅうのすがたは、みるみるやさしい女の人のすがたにかわり、とじられた目は開いて、そこに龍の小太郎のおかあさんがあらわれたのです」。このあと、長じた太郎とあやはにぎやかな婚礼の式を上げたことで物語を終える。

エピローグ
 ロシア民話の主人公はイワン、イギリス民話の主人公はジャック、日本の民話の主人公は太郎、桃太郎(日本の侵略戦争の英雄とされる)ではなく、どこかにいる日本の、農民の太郎、民衆の太郎を、松谷みよ子と夫の瀬川は日本の太郎を探すのを命題とした。そして出会ったのが松本と中塩田の太郎、これが『龍の子太郎』となって世に出た。
 『龍の子太郎』の昭和39年(1964年)版と平成18年(2006年)新装版の二つの版の物語は、出版社(講談社)も内容も全く同じだが、挿し絵の担当は変わっている。

 『龍の子太郎』は文庫本でもあるが、お孫さんのプレゼントには、やはりハードカバーがいいと思う。


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