プラド美術館展~スペイン宮廷美への情熱~を見に行っ
【メルマガIDN編集後記 第331号 160201】

 三菱一号館美術館の開館5周年記念として開催されている《プラド美術館展~スペイン宮廷美への情熱~2015年10月10日-2016年1月31日》を見に行った。この展覧会は、2013年にプラド美術館で開催し好評を博した展覧会を三菱一号館美術館のために特別に再構成されたものである。
 時代は15~19世紀にまたがり、スペインの三大画家と言われるエル・グレコ、ベラスケス、ゴヤ、フランドルのボスやルーベンスなどの有名な画家の絵が一堂に集まっている。
 本展の特徴は、「プラド美術館の大河の岸辺に控えめな姿を見せる作品(プラド美術館館長 ミゲル・スガサ)」が100点以上選ばれていること。小振りの部屋で構成されているこの美術館にしっくりとあった展示法が苦心されている。大きな作品の縮小版、ラフな下絵スケッチ(ボツェット)、小型の下絵雛形(モッデリーノ)なども楽しむことが出来た。


三菱一号館美術館 外観


三菱一号館美術館 中庭よりの入口を見る


チラシ:プラド美術館展~スペイン宮廷美への情熱~
絵:
ラファエル《マリア・ルイサ・デ・パルマ》
48X38cm 油彩 カンバス


ボス《愚者の石の切除》
48.5X34.5cm 油彩 板


ムリーリョ《ロザリオの聖母》
166X112cm 油彩 カンバス
【絵の写真:すべてチラシより】
プラド美術館
 これまでにスペインへ2回行った。2007年にはバロセロナからジローナ、フィゲラス、ポール・リガットへ足を伸ばし、マドリッドに移動してからはトレドへも行き、美術館を中心に、カテドラルを加えると、12箇所を訪れた。
 プラド美術館は圧巻である。プラド美術館館長 ミゲル・スガサは本展の挨拶の中で、「プラド美術館は間違いなく、ヨーロッパ美術史における大河のひとつです」と言っている。
 プラド美術館は、スペイン王家のコレクションを母体として、1819年に王立絵画彫刻美術館として開館し、1868年に国立美術館として、文化省の国立美術館国営課の所管となった。
 コレクションは約7,600枚の油彩画、約1,000の彫刻、約4,800枚の版画、約9,200枚の素描、美術史に関する書類が収められており、美術館としては質の高さを誇っている。
 展示品の半数以上のスペイン絵画に加えて、フランドル、イタリア等の外国絵画も、中世から19世紀までの作品が多く所蔵されている。

 2007年にプラド美術館を訪れたときには、アンジェリコ《受胎告知》、メムリンク《東方三博士の礼拝》、ブリューゲル《死の勝利》、デュラー《アダムとエヴァ》、ルーベンス《三美神》、ベラスケス《ラス・メニーナス》、ゴヤの《裸のマハ》と《着衣のマハ》、《我が子を食らうサトゥルヌス》などの有名な作品を探して広い美術館を歩き回った。

三菱一号館美術館
 「三菱一号館」は、1894(明治27)年、開国間もない日本政府が招聘した英国人建築家ジョサイア・コンドルによって設計された、三菱が東京の丸の内に建設した初めての洋風事務所建築。
 この建物は老朽化のために1968(昭和43)年に解体されたが、40年あまりの時を経て、コンドルの原設計に倣って同じ地によみがえった。
 2010(平成22)年春、三菱一号館美術館として生まれ変わるのに際しては、明治期の設計図や解体時の実測図の精査に加え、各種文献、写真、保存部材などに関する詳細な調査が実施されている。

プラド美術館展~スペイン宮廷美への情熱~
 本展では、「キャビネット・ペインティング」と呼ばれる小作品ばかりの百点以上が、以下のカテゴリーに区分されて、年代順並べられていた。
 Ⅰ 中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活
 Ⅱ マニエリスムの世紀:イタリアとスペイン
 Ⅲ バロック:初期と最盛期
 Ⅳ 17世紀の主題:現実の生活と詩情
 Ⅴ 18世紀ヨーロッパの宮廷の雅
 Ⅵ ゴヤ
 Ⅶ 19世紀:親密なまなざし、私的な領域

ボス《愚者の石の切除》:カテゴリーⅠ
 この絵には「愚か者を治療するための手術」をするシーンが描かれている。ネーデルラントでは、中世から17世紀まで、頭の小石が大きく成長すると愚か者になるため、その石を切除する手術が必要だと信じられていた。騙されるお人好し、「愚行」を暗示する漏斗をかぶっている外科医、肘をついて本を頭に乗せているのは患者の妻、妻の間男である司祭、全員が患者を騙している様子が描かれている。(写真参照)

フォス《アポロンと大蛇ピュトン》:カテゴリーⅢ
 龍楽者は、アポロンがピュトンを退治する、ギリシア神話を題材とするこの絵に興味を持った。ヨーロッパにおける、英雄が巨悪(ドラゴン)を退治するという、ドラゴンの典型のひとつと私はとらえている。
 左側に置かれたガラスケースの中にルーベンスが描いた下絵(ヴォツェット:26.8X42.4cm)がおかれて、右側に188X265cmのキャンバスに描かれた大きい絵が展示してあった。

ドメニコ・ティントレット《胸をはだける夫人》:カテゴリーⅢ
 この絵は、ヴェネチアでもっとも著名な娼婦であったヴェロニカ・フランコ描いたと言われている。画家のティントレットと言う名前に目が行った。
 2008年にドレスデンのツヴィンガー宮殿のアルテ・マイスター(古典巨匠絵画館)でティントレットの《サタンと大天使ミカエルとの戦い》を見た。この絵は、ヨハネの黙示録をテーマに描いたもので、天使にドラゴンが退治される天の戦いのシーンを描いている。これもヨーロッパにおけるドラゴンの典型のひとつと私は考えている。
 後で調べてみたら、ドレスデンで見たティントレットがドメニコの父親らしいことが分かった。

ムリーリョ《ロザリオの聖母》:カテゴリーⅢ
 ロザリオ(数珠状の祈りの用具)を手に、幼子キリストを抱く聖母マリア。聖母の衣服の赤色とマントの青色が鮮やかで、布地の陰翳の濃淡がはっきり表現されている。二人の視線は、観るものにまっすぐ向けられている。この絵は2013年のスペインでの展覧会では出品されず、本展では大型の作品の一つ。(写真参照)

ラファエル《マリア・ルイサ・デ・パルマ》:カテゴリーⅤ
 この絵は本展のチラシにも使われている、後にスペイン王妃となるマリア・ルイサ・デ・パルマが、嫁入りしたときの肖像画である。この時、13歳と9か月にも満たない年齢だった彼女は、のちの国王カルロス4世の王妃となる。美しく編み上げられた髪と長い首を飾るピンクのリボンが目を引く。(チラシの写真参照)

ゴヤ:カテゴリーⅥ
 ゴヤは別格なのか、ひとりで一室を占拠して6点が展示されていた。《酔った石工:35X15cm》は、タピストリー連作用の原寸大原画(カルトン)の為の下絵(ヴォツェット)、《傷を負った石工:268X110cm》は原寸大原画(カルトン)である。マドリッドで見たゴヤとは異なったゴヤを見ることが出来た。

エピローグ
 絵画の大作は工房などの協力を得て完成させたものが多いと言われる。小品は巨匠が自ら最後まで特徴を発揮して描かれることが多い。本展では、大きな作品の縮小版、下絵スケッチ、小型の下絵雛形などを通して、巨匠たちの技の繊細さや緻密さを、より実感することが出来るところに特徴があると思う。
 ヨーロッパ美術史における大河の流れにある絵をマドリッドのプラド美術館で見て、今回は、大河の岸辺に控えめな姿を見せる作品を東京の三菱一号館美術館で見た。
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