科学技術と経済の会のイノベーションシンポジューム:革新技術5題
【メルマガIDN編集後記 第342号 160715】

 一般財団法人科学技術と経済の会(JATES)とのかかわりは、1989年から今日まで続いている。2016年6月にJATES主催の《技術経営・イノベーションシンポジューム》が、日比谷図書文化会館大ホールで開催された。このシンポジュームに参加して、魅力的な5つの技術のプレゼンテーションを聞いたので、紹介する。

JATESとのかかわり
 当時、私が勤めていた会社はJATESの会員であり、1989年から、JATESに対する実務担当の窓口(当時はキーマンと言っていた)を私が勤めることになった。キーマンは、日本の有力企業の技術本部や研究所の企画や管理の部長職の人が指名されていた。
 JATESに参加する目的は、各種行事を通しての異業種交流であり、キーマンで構成される勉強会への参加がが主なもの。私は、異業種の各社のR&Dマネージについて学ぶのと同時に、当時私共のところで開発していた《研究管理システム(名称:略)》について説明させてもらった。

 各社のキーマンは、会社での役割によって定められているので、その役割が変わるとキーマンを交代することになる。私も1995年にキーマンを交代し、JATESへの窓口を外れることになった。
 しかし、せっかく知己を得た仲間たちが去ってゆくのはもったいないとの皆の思いにより、キーマンのOB会として《TM(テクノマネージメント)研究会》を結成することになり、TM研究会が今日まで続いている。私は、JATESの個人会員としても登録し、会の行事に参加している。


科学技術と経済の会のイノベーションシンポジューム 開催風景
【日比谷図書文化会館大ホール 写真提供:JATES


燃料電池車の仕組み 【燃料電池.netより】


航空機への複合材料適用の歴史
北野彰彦 航空機の軽量化を支える炭素繊維複合材量
科学と教育59巻4号より】



獺祭を揃えている居酒屋
店の前に獺祭の瓶を並べている


バチカン教皇庁図書館が進めるデジタルアーカイブ事業に参画
【JATES 第4回技術経営・イノベーションシン賞 表彰式資料より】


リアルタイム交通情報+全国のVICS情報で高精度なルートを提供
【HONDA internavi ホームページより】
 平成22年(2010)2月28日のIDNの10周年創立記念講演の講師としてお招きし、「クラウドコンピューティング~現状と活用の可能性~」と題してお話していただいた斉藤常治氏は、JATESで講演されたのを聞いた後、無理にお願いしてIDNで講演してもらった方である。

技術経営・イノベーションシン賞
 JATESでは毎年《技術経営・イノベーションシン賞》候補を募集し、文部科学大臣賞や経済産業大臣賞などとして表彰している。第5回の平成27年度に、特別賞を加えて受賞した6つの技術(事業名)は、この時代に脚光を浴びている技術やシステムとして名前は知っているものだったが、シンポジュームに参加することにより、その詳細について知ることができた。

自動車の次の100年に向けたMIRAIの開発
(トヨタ自動車株式会社)

 燃料電池車は、車両タンクに搭載した圧縮水素と空気中から取り込んだ酸素を燃料電池(FC)に供給して化学反応をさせることで電気を発生させ、その電気でモーターを駆動して走る車である。走行中は、CO2や環境負荷物を排出しないという究極のエコカーであると期待されている。
 トヨタ自動車は2014年12月15日にMIRAIと名付けた燃料電池車を販売し、一気に燃料電池車の知名度や関心度が高まった。MIRAIは、エネルギー問題、環境問題の解決につながる自動車自身と、輸送機器や発電に水素を使う社会構造のイノベーションをもたらすと期待されている。

航空機用炭素繊維複合材量の開発(東レ株式会社)
 炭素繊維(CFRP)の比重は比重が1.8前後、鉄(7.8)、アルミ(2.7)、ガラス繊維(2.5)と比べても有意に軽い材料であり、引張強度を比重で割った比強度が鉄の約10倍、引張弾性率を比重で割った比弾性率が鉄の約7倍と優れている。さらに疲労しない、錆びない、化学的・熱的に安定といった特性を有し、厳しい条件下でも特性が長期的に安定した信頼性の高い材料となっている。
 ボーイング787では、一機当たり30トンを超えるCFRPが使われており、構造重量の約50%がCFRPである。胴体・主翼・尾翼などの一次構造材料が炭素繊維複合材料からなり、軽量で燃費が良く、デザインの許容幅が大きく、快適なジェット旅客機の登場に貢献している。今後、自動車など 他産業への展開も期待されている。

獺祭の取り組み(旭酒造株式会社)
 高品質の日本酒製造での獺祭は、杜氏による冬場だけの生産方式を変革し、一般社員による四季醸造体制を確立することで、品質と生産能力を飛躍的に向上させた。
 国内の高品質日本酒マーケットを開拓、活性化するのと同時に、海外マーケットを開拓し、全国の小さな酒蔵たちの販路の拡大に道を開いた。純米大吟醸の拡大は、減少傾向にあった山田錦の全国生産量を増加させるきっかけともなった。
 獺祭においては、「上槽(しぼり)」に遠心分離機を導入しているが、全工程が工業生産化されているわけはなく、良い酒を造ろうとする意志を持つ若いスタッフに支えられて生産工程が標準化されているところに特徴があると思う。

世界貴重文献資産のデジタル保存における新たな事業モデル構築の取り組み(株式会社NTTデータ)
 NTTデータは、日本の国立国会図書館におけるデジタルアーカイブシステムの構築や、デジタルアーカイブサービス《AMLAD》の提供等、デジタルアーカイブ領域における実績・ノウハウを保有している。AMLADは、日々劣化する貴重な文化遺産などのボーンデジタルコンテンツを高精細なデータとして保存し、PCやタブレット、スマートフォンといったデバイスから簡単に閲覧・検索できるデジタルアーカイブシステムである。
 
2014年4月より、バチカン教皇庁図書館が進めるデジタルアーカイブ事業に参画し、羊皮紙やパピルスなどに書かれた約
3000冊の手書き文書を4年間にわたってデジタル化し、歴史的手書き文献を後世に残し、世界中に公開している。また、クラウドファンディングという新しいビジネスモデルを適用し、保存事業を拡張性・継続性のある事業へ変革した。

「インターナビ」のプローブデータを用いた快適、安全、安心な運転環境実現への取り組み
(本田技研工業株式会社)

 本田技研工業は、車両から収集するプローブデータを用いた高度な交通情報サービスである《インターナビ》を世界に先駆けて実用化した。
 《インターナビ》は、IoTとビッグデータ分析技術を用いた高度な交通情報サービスであり、ユーザ-のニーズに合わせた最速ルート、環境に優しいルート(省燃費ルート)などをリアルタイムの計算・誘導する《インターナビ・ルート》、災害発生後に通行できた道路を公開する《通行実績情報マップ》などがある。さらに、《インターナビ》は渋滞個所や急ブレーキ多発地点から潜在危険個所を検出し、交通マネージメントデータを提供することによる、道路整備効果の検証や交通安全対策の立案に貢献する。

エピローグ
 JATESのキーマンとして活動していた時に海外調査として、「科学技術と経済(テクノ・エコノミクス)」というキーワードで活動をしているヨーロッパの団体(
EIRMA=European Industrial Research Management Association)を1989年に、アメリカの団体(RIR=Industrial Research Institute)を1995年に訪問し、欧米の著名な企業のR&D事情を知る機会を得た。最近は、ICT事情を知ることに最も注力しているが、技術やR&Dについての興味も私の根底にずっと引きずっている。【生部 圭助】


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