サン・ジョルディと竜の伝説
【メルマガIDN編集後記 第351号 161201】

 スペインのカタルーニャでは、毎年4月23日は《サン・ジョルディの日 St.jordie’s day》である。愛する人に美と教養、愛と知性のシンボルとして、1本の薔薇と1冊の本を贈ってこの日を祝っている。男性は女性に花を、女性は男性に本を贈るのが一般的で、家族や友達の間でもプレゼントが交わされる。サン・ジョルディは聖ゲオルギウスのことであるが、サン・ジョルディについては、《赤い薔薇》と往事のこの地での政治的な意味も隠されている。

聖ゲオルギウスと竜の伝説


DER HL. GEORG MIT DEM DRACHEN
【アルテ・ピナコテーク(旧絵画館) ミュンヘン 2010】



聖ゲオルギウス ルーカス・クラナハ
【ジョナサン・エヴァンス著 浜名那奈訳 ドラゴン神話図鑑】



カタルーニャの本市


赤い薔薇

 昔々のカタルーニャと呼ばれる国に《竜》が登場する有名な伝説がある。聖ゲオルギウスの信仰の強さを伝えた伝説は、多くの場所でその地方の伝説などが付け加えられて広まった。馬に乗ったドラゴンを退治する聖ゲオルギウスの描写が見つかったのは10世紀以降になってからのこと。

 その国には獰猛なドラゴン(竜)がおり、町の人々はドラゴンの怒りを和らげるために、毎日2匹ずつの羊を生け贄にすることで、災厄から逃れた。羊の数が少なくなると羊1頭と代わりに若者か娘を生贄に差し出した。生贄は籤によって決めていた。

 王の娘がくじに当たってしまう。王は城中の財宝や国の半分を与えるから娘を生贄にしないでくれと頼むが、自分の子供を生贄にされた人々は許さない。8日間、王は娘の不幸を嘆いたが、人々の要求に負け娘を犠牲にすることにした。
 王女は、ドラゴンの棲む湖のほとりに連れて行かれて、ドラゴンが現れるのを待つ。王女は悲嘆に暮れてすすり泣いているときに、ゲオルギオスが馬に乗って通りかかった。ゲオルギオスは王女になぜ泣いているかを尋ねる。王女は訳を説明し、危険だから早く逃げるように勧める。

 ドラゴンが水から這い上がって王女に迫った時、ゲオルギウスは馬に飛び乗り襲ってくるドラゴンに向かって馬を進める。ゲオルギウスはドラゴンが開けた口の中に槍を突き刺して喉を貫き(槍を投げて心臓を突き刺すという表現もある)、ドラゴンは大地に崩れ落ちる。

サン・ジョルディ伝説
 サン・ジョルディとは、キリスト教の聖人の一人で、カタルーニャ語の呼び名で、英語読みではセント・ジョージ、ラテン語ではゲオルギウスとなる。
 ここまでは聖ゲオルギウスの聖人伝(『黄金伝説』)と同じであるが、サン・ジョルディ伝説では、溢れ出したドラゴンの血からは、美しい薔薇が咲いた。サン・ジョルディは、最も美しい薔薇を手折り、永遠の愛のシンボルとしてお姫様に贈った。王はドラゴンを退治した英雄とお姫様の結婚を許し、二人は末永く幸せに暮らした、という結末になっている。

 聖ゲオルギウスの伝説はヨーロッパにはたくさんあるが、
・サン・ジョルディはドラゴンを退治したあと静かに去って行った
・サン・ジョルディの勧めで、王をはじめとして、国民のすべてが洗礼を受けた
・王に四つのことを守るように勧めた。教会を保護し、司祭を敬い、熱心にミサを聞き、貧しい人々のことを忘れないように

 聖ゲオルギウスは《キリスト教徒の将軍》であり、異教徒に対する戦いの象徴である。聖ゲオルギウスの物語にもいくつかのお話があるが、いずれも、ドラゴンに襲われる町、生贄にされる王女、ドラゴン退治、異教徒の改宗、などがモチーフとなっている。

 スペインのカタルーニャ地方の《サン・ジョルディ伝説》では、「白い馬にまたがり槍を持った騎士」、「赤いバラ(ドラゴンが流した血)」がモチーフとして加わる。

 後に、ゲオルギオスはキリスト教を嫌う異教徒の王に捕らえられ拷問を受け、斬首され《殉教者》となった、という後日談がある。

カタルーニャにおけるサン・ジョルディ
 スペインのカタルーニャでは、サン・ジョルディの守護神は深く信仰された。当時のカタルーニャはフランコ独裁の時代。人々はカタルーニャ語の使用が認められず、スペイン語の使用が義務付けられていてその反発は大きかった。

 サン・ジョルディの日には、カタルーニャ語の本を互いにプレゼントして、祖国への愛を誓ったと言われている。カタルーニャの人々にとってはフランコがドラゴン(drac)であり、独裁者を倒して自分達の国の独立を夢見ていた。サン・ジョルディこと聖ゲオルギウスが殉教した日を祝日《サン・ジョルディの日》とした。この日、カタルーニャ地方では、街に花や本の市が立ち、プレゼント用に本や薔薇を買い求める。

 ユネスコは、1996年から4月23日を世界図書・著作権デーとした。国連の国際デーにもなっている。また、4月23日が偉大な文学者、セルバンテスやシェイクスピアの命日にあたる。彼らに敬意を表して《世界本の日》に選ばれた。

 日本でも4月23日に本を贈るという習慣は、静かなブームではあるが、業界の期待と努力にもかかわらず、《サン・バレンタイン》ほど定着しているとはいえない。

エピローグ:サン・ジョルディの絵柄(かたち)
 聖ゲオルギウスをモチーフにした絵はたくさんあるが、サン・ジョルディの構図・登場人物・年齢などに定番はないとのこと。カタルーニャでは、槍を持った騎士が竜らしき獣(drac)を退治している図、なおバラの花があれば、まさにそれはサン・ジョルディの象徴であるという。

 このことは、佐野虔之介さんに教わった。虔之介さんは1946年生まれ、日本企業の広告担当をしていたが1990年に一家でソルソーナ(バロセロナの北西125kmのところに位置する、人口1万人ほどのまち)に移住した。
 虔之介さんは当地において、ロマネスクの研究者、セミナー講師、現地の案内、旅行のコーディネーターなど幅広い活動を行っており、カタルーニャと日本の文化の交流の重要人物として、「影の文化大使」ともいわれている。【生部 圭助】

編集後記集へ