「ボストン美術館の至宝展」を見に行った
【メルマガIDN編集後記 第370号 170915】


 東京都美術館で開催中(2017年7月20~10月9日)の「ボストン美術館の至宝展」を見に行った。ボストン美術館の正式名称はMuseum of Fine Arts, Boston(MFA) と言い、コレクションは、国や政府機関の経済的援助を受けず、ボストン市民、個人コレクターや企業とともに築かれているところに特徴がある。本展では、約50万点のコレクションの形成に寄与し美術館を支えてきた数々のコレクターやスポンサーの活動にも光を当てながら、古代エジプト、日本美術、中国美術、フランス絵画、現代美術など同館の幅広いコレクションから選ばれた80点が展示されている。
 本展では、親しみやすい作品が多く展示されており、龍楽者は、有名なフランスの画家の作品にも目が行ったが、第2章の陳容の10mもの長さの「九龍図巻」を最も興味を持って見た。


「ボストン美術館の至宝展」のチラシ
ファン・ゴッホ《ルーラン夫妻の肖像画》



陳容《九龍図巻》(部分) 縦42.3cm 横958.4cm
老年の龍が右方の若い龍に教えを授ける



英 一蝶《巨大涅槃図》 縦286.8cm 横168.5cm


クロード・モネ《ルーアン大聖堂、正面》 勿論《睡蓮》も展示されていた


ポール・セザンヌ《卓上の果物と水差し》


シンガー・サージェント
《フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル》

【写真は同展のチラシ及び図集より】

「ボストン美術館の至宝展」の構成と主な作品
 同展の展示は7つの章で構成されている。主催者の紹介文に私見を交えて紹介する。
1章 古代エジプト美術
 三大ピラミッドが建つギザで発掘された王の頭部や、墓からのレリーフ、ヌビアの王の立像、ジュエリーなど、ボストン美術館とハーバード大学による共同発掘調査の成果を中心に紹介。
 作品:《ツタンカーメン王頭部》・《センカアマニスケンの彫像》・《縛られたオリックス型の壺》など

2章 中国美術
 中国美術コレクションは、幅広い年代の絵画、陶磁器、彫像、装飾品など約9千点からなる。そのなかから、北宋・南宋絵画の名品を厳選して紹介。
 作品:陳容《九龍図巻》・徽宗《五色鸚鵡図巻》など

3章 日本美術
 約10万点に及ぶ日本美術コレクションの形成にはモース、フェノロサ、ビゲローら日本を愛したコレクターたちが大きく貢献した。初めて里帰りを果たす作品も含め、江戸美術の優品を紹介する。
 作品:英一蝶《巨大涅槃図》・曾我蕭白《風仙図屏風》・喜多川歌麿《三味線を弾く美人図》・酒井抱一《花魁図》など

4章 フランス絵画
 ヨーロッパ美術コレクションの中から、世界的に名高い19世紀フランス絵画のコレクションを紹介。バルビゾン派、印象派、ポスト印象派の絵画は、ボストン市民の好みを色濃く反映するもの。
 作品:ファン・ゴッホ《ルーラン夫妻の肖像画》・クロード・モネ《睡蓮》《ルーアン大聖堂、正面》・ポール・セザンヌ《卓上の果物と水差し》・エドガー・ドガ《腕を組んだバレエの踊り子》など

5章 アメリカ絵画
 ボストン美術館の天井画も手掛けたサージェントの作品やアメリカ印象派の絵画など、18世紀から20世紀半ばまでの作品によって、アメリカ絵画コレクションの一端を紹介。
 作品:ジョン・シンガー・サージェント《フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル》など

6章 版画・写真
 19世紀半ばから20世紀のアメリカを描いた充実した収集作品から、アメリカを代表する芸術家ホーマー、ホッパー、シーラー、アダムス4人がとらえた、人々の暮らしや自然の美しさを映す版画と写真を紹介。
 作品:エドワード・ホッパー《機関車》・アンセル・アダムス《白い枝、モノ湖》など

7章 現代美術
 同時代のアーティストの作品に常に着目してきた美術館において、成長著しい現代美術コレクションから、ウォーホル、村上隆をはじめ、ホックニーの色鮮やかな風景画、テイラー=ジョンソンの映像作品などを展示。
 作品:アンディ・ウォーホル《ジャッキー》・村上隆《If the Double Helix Wakes Up…》など

陳容の「九龍図巻」
 2章の中国美術で展示されている、南宋末期に活躍した画家、陳容による《九龍図巻》は約10mの巻物。沸き立つ雲と荒れ狂う波の合間を9体の龍が悠然と、そしてダイナミックに翔け巡る姿が描かれている。見ていると力がみなぎってくるような、生気あふれる作品である。かつて清朝の乾隆帝も旧蔵したという。

 陳容が自ら作品に書き入れた跋分(ばつぶん)で本図を制作した時の精神の効用を記している。(図集の解説より)
・酩酊した私は、胸中からこの絵を生み出した
・飛来する龍は渓谷から現れ、春の川へ飛翔する
・玉のように美しい龍は、近づきがたい断崖に己の鱗をこすりつける
・所翁「陳容」は、この九龍図を描き出した。すばらしい筆致は、この世界のどこにも匹敵するものはなかった。離れてみれば、雲と波は飛動するかに見えた。神の手のみが、これをなしえたのだと感じられることだろう。

 会場では、10m近い巻物が展示されている正面の壁面に8枚の複製写真が置かれており、写真には下記のキャプションにより、それぞれの龍の特徴を表している。
 ①奥深い峡谷から姿をあらわす
 ②風を巻き起こしながら飛翔する
 ③断崖を掴み身体を擦り付ける
 ④荒れ狂う波濤と雲烟(えん)のなか玉をつかみ、左方をにらむ
 ⑤黒雲のなか、老年の龍(髪がしろい)が右方の若い龍に
  教えを授ける(筆者注:龍2体を示している)
 ⑥誰も通り抜け登ったことのない「うもん」の大波に挑む
 ⑦灰色の髭、赤みを帯びた髪、火が焼けるような尾を持つ龍
   が飛翔する
 ⑧岩場に悠然と身体を休めるその姿は政治から離れて
  隠棲した諸葛亮のような偉大な姿である

エピローグ
 ボストン美術館より来日した作品を見ることは多いが、ボストン美術館と銘打った展覧会に行ったのは3回目である。
 山種美術館で開催された《ボストン美術館 浮世絵名品展 錦絵の黄金時代~清長、歌麿、写楽(2011年2月26日~4月17日)》では、ボストン美術館に長いこと大切に保管されて眠っていた浮世絵の瑞々しい版画を見た。

 東京国立博物館で開催された「ボストン美術館 日本美術の至宝(2012年3月20日-6月10日」では、国外で随一の日本美術コレクションを誇るボストン美術館から約90点が里帰りしたもので、蕭白の迫力ある《雲龍図》が展示された。

 ボストン美術館に関する強烈な印象は、1995年の秋に《米国テクノ・エコノミックス調査団》の一員としてボストンに行った時に、ゴーギャンが第2次タヒチ時代に描いた《我々はどこから来たか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか》を見たことである。
 この絵は、東京国立近代美術館で開催されたゴーギャン展(2009年7月3日~9月23日)初来日した。これは、1987年に同美術館で開催されて以来の大規模なゴーギャン展であり、ゴーギャンのファンにとっては至福の時だった。
 私がボストン美術館を訪れた日には、フランスの印象展《Impressions of France:Monet,Renoir,Pissarro,and Their Rivals》が開催されていた。ボストン美術館には大きな看板が掲げられており、ゴーギャンを見に行ったついでに、印象派の作品もたくさん見ることができて、うれしい思いをした記憶が残っている。

 陳容による《九龍図巻》は約10mの巻物の長さにも驚く。双龍、対峙する龍、親子の龍などの図柄はよく目にするが、老若の二体の龍の組み合わせた構図を見たのは初めてのことだった。(写真参照)【生部 圭助】

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