謂れかたち
小網神社 昇り龍と降り龍

小網神社は、伊勢神宮を本宗とし、商売繁盛、疫病鎮静、強運厄除の神さまとして崇められている

御祭神
倉稲魂命(うがのみたまのみこと 稲荷大神)、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと 弁才天)、福禄寿(ふくろくじゅ)

始めは、小網山稲荷院万福寿寺を別当寺とした稲荷神社だった
領主の太田持資公(道灌)は、当神社を詣で、社地を奉じ社殿を造営した
慶長年間(西暦1596~1615年)に、周辺地域が小網町と名づけられ、当神社を氏神と崇めた
江戸時代からは、稲荷堀(とうかんぼり)稲荷とも称されていた

明治維新後の神仏分離令により、小網稲荷神社と称し、明治6年7月5日に村社に指定された
戦後の宗教法人化に伴い、名称は小網神社となった
【神社のホームページおよび現地の案内より】


小網神社 正面


社殿
旧社殿は大正12年9月1日の関東大震災において倒壊
現社殿・は、明治神宮竣工にも尽力した内藤駒三郎宮大工一門により、昭和4年に造営された

東京大空襲の際は、社殿を含む境内建物は戦災を免れてた
日本橋地区では唯一現存する戦前の木造檜造りの神社建築
社殿・神楽殿は、棟札などの造営に関係する資料と共に中央区民文化財に登録されている
【神社のホームページおよび現地の案内より】

向拝の彫刻
向拝には、龍・獅子・ばく・鳳凰などの彫刻が施されている
社殿向拝の左右にある彫刻の龍は、天に昇る姿と天から降りる姿が対になっている
「昇り龍」と「降り龍」は強運厄除の御利益のシンボルとして崇められている



紅梁の昇り


紅梁の昇り龍の頭部


紅梁の降り龍


紅梁の降り龍の頭部


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