龍の謂れとかたち


謂れかたち

成田山新勝寺 参道にある燈篭の龍の彫刻


成田山新勝寺
正式名称は成田山明王院新勝寺 真言宗智山派大本山
天慶三年(940)真言僧寛朝大僧正によって開山された
寛朝大僧正は朱雀天皇より平将門の乱平定の密勅を受け
弘法大師が敬刻開眼した不動尊像を奉持し難波津の港より海路を下総に向かう
尾垂(おだれ)ヶ浜(千葉県匝嵯郡光町)に上陸し陸路を成田の地に至る
乱平定のため平和祈願の護摩を奉修した

大任を果たした大僧正は再びご尊像を奉じて都へ帰ろうとした
ところが尊像を運ぶ輿が磐石のごとく微動だにしない
《我が願いは尽くる事なし、永くこの地に留まりて無辺の衆生を利益せん》との霊告が響いた
寛朝大僧正は尊像を堂宇に祀って都へ帰って朝廷に報告
天皇は深く感動し、諸堂伽藍を整え《成田山新勝寺》の寺号を授与
東国鎮護の霊場として開山した
【成田山のしおり等より要約】


石段を登って仁王門をくぐり、さらに石段を登って大本堂の前の広場に出る

燈篭の龍の彫刻
新しく出来た総門をくぐって仁王門に至る石段の下の両側に燈篭がある
石段を上がった仁王門の手前、石段を上がりきった所にもある
これらの中より3つの燈篭を紹介する

昇龍と降龍
の左右の配置
燈篭の火袋の所に龍のレリーフ
燈篭の面によって、昇龍と降龍の左右の配置が異なっている
燈篭(1)の側面では昇龍が左、降龍が右に配されている
燈篭(2)と燈篭(3)の妻面のは左右が逆である
龍が彫られた鳥居では、昇龍が左、降龍が右に配されている
これが左右の配置の決まりかと思ったが、燈篭での左右の決まりについてはわからない


燈篭(1)全景 後ろに手水舎がみえる


降龍の頭部

火袋の龍のレリーフ

 
燈篭(1)の昇龍と降龍

レリーフのかたち
石段を上がりきったところ所にもある2つの燈篭を紹介する
対になっている燈篭(2)と(3)の龍のレリーフのかたちは同じであるが
細部には若干の差が見られる
燈篭(1)と燈篭(2)・(3)の形はかなり違っている


右側にある燈篭(2)
 
燈篭(2)の降龍と昇龍

左側にある燈篭(3)
 
燈篭(3)の降龍と昇龍

090611
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