謂れとかたち
武雄神社の本殿の四神旗の龍 佐賀

武雄神社
武雄の氏神社として氏子はもとより全国各地から広く信仰を集めている
武運長久、開運、厄除けに霊験あらたかな神様としても信仰がある

『武雄神社本紀』によると、神功皇后が三韓征伐の帰途、武雄に兵船を止め、それが御船山に化したとある
これにより同行していた住吉神と武内宿禰が御船山の南嶽(船の艫)に鎮座し創祀された
天平7年(735年)初代宮司 伴行頼が武内宿禰を主神に
仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、武雄心命を合祀し武雄宮が創建した
平安時代での旧社格は、九州地区の統治組織「大宰府」の府社とされた
元永年中(1118~20年頃)武雄二代領主 後藤資茂が、当社を舳嶽東麓(現在地)に遷した
文治元年(1185年)の壇ノ浦の戦いでは、源頼朝が当社に密使を使わせ平家追討祈願をした
神社に保存されている古文書218通は九州における神社文書の代表的な遺品とされ
国の重要文化財に指定されている
平家追討で奉納された「流鏑馬」は今でも続く伝統的な例祭となっている

◆五柱の神を総じて武雄大明神と号す
武内宿禰(たけうちのすくね)
武雄心命(たけおこころのみこと)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
応神天皇(おうじんてんのう)



武雄神社  正面


石段の上の三の鳥居(肥前鳥居)の奥に本殿を見る


本殿  正面


四神旗の青龍

内陣の正面に四神旗がおかれている
四神旗:四神を描いた四つの仗旗(じょうき)
一列に並べるときは、社殿に向かって右から、青龍・朱雀・白虎・玄武の順に正中をあけて並べる
ここでは、右から玄武・鳳凰・青龍・白虎の順に置かれている
松原神社の昭明殿の正面におかれている四神旗と図柄は同じであるが、周りの表装が異なっている

 
左側に白虎と青龍、右側に鳳凰と玄武が置かれている


白虎と青龍


鳳凰と玄武


青龍


武雄神社
所在地:佐賀県武雄市武雄町大字武雄5335
電話0954-22-2976

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