龍の謂れとかたち


謂れかたち

維摩・龍虎図掛け軸(東京国立博物館)

安土桃山時代から江戸時代の絵画は、永徳や探幽をはじめとする狩野派を中心に
宗達・光琳・抱一らの琳派、大雅・蕪村らの南画派
応挙を祖とする円山派、若冲・芦雪・蕭白ら
個性派の画家たちを輩出し、百花繚乱の相を呈した

書は、寛永の三筆(信尹・光悦・昭乗)が新しい書風を打ち立て
黄檗(おうばく)の三筆らがもたらした中国書法が、江戸時代中期以降、唐様の書として流行した
ここでは安土桃山時代から江戸時代に多様な展開を遂げた絵画と書跡を展示してある
【展示の説明より】

維摩・龍虎図掛け軸
狩野休伯〈昌信〉・狩野休円〈清信〉・勝田竹翁筆
江戸時代・17世紀
列品番号:A-281
本館2階8室    2010/1/13〜 2010/2/21


維摩・龍虎図掛け軸


掛け軸 龍図

龍の頭部の詳細


維摩居士(ゆいまこじ)
維摩経に登場する中心人物
説話の為に理想的人間像として創造された在家の信者
阿含経に出てくる質多羅(しったら)がモデルとも言われる
サンスクリット語の原名はビマラキールティ、毘摩羅詰と音写する
人物設定は、仏教の教理に極めて詳しい、都市に住む大資産家。実は菩薩の化身とされている
維摩は維摩詰(ゆいまきつ)の略で、無垢な人=無垢称(むくしょう)、浄名(じょうみょう)などと訳される

維摩経・維摩詰所説経(ゆいまきつしょせつきょう)
大乗仏教の代表的なお経のひとつで、日本文学にも大きな影響を与えたお経
お釈迦様は維摩居士の病気見舞いに、弟子を行かせようとします
しかし、どの弟子もかつて問答で高度な教理を展開され、やり込められた経験があるので断ります
結局、知恵の文殊菩薩が行くことになり、維摩居士と問答をします
維摩居士の病は、いわゆる疾病ではなく、「生きているモノが病むから私も病む」 という思想的な問題
維摩居士は、それまでの保守的な考えを批判し、実践的な大乗思想の核心を突きます
そして最後に究極の境地を沈黙によって示します
この部分が特に有名な部分で、「維摩の一黙雷の如し」 と言われています


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