龍をあしらった粋な小物
【メルマガIDN編集後記 第303号 141201】

 民芸品や、工芸品の中には、龍をあしらった粋な小物がたくさんある。これらも龍楽者にとって興味の対象である。江戸東京博物館(江戸博)で、辰年を迎える2011年の暮れから2012年の年初に開催された《歴史の中の龍》で展示品されたものの中より、印籠、煙草入れ、筥迫(はこせこ)、根付などを紹介する。


龍虎蒔絵彫印籠
裏面は金蒔絵で虎が描かれた華美な意匠の印籠



珠取龍蒔絵印籠
三段から五段重ねに作られていて、紐を通して締める
【東博 天翔ける龍 2012】



相良刺繍龍文腰差したばこ入れ
相良刺繍とは布の裏から糸を抜き出して結び玉をつくり、
これを連ねて模様を描いていく技法をいう。糸を縫い重ねるため強度も出る


筒型龍文一つ提げたばこ入れ
色革を縫い合わせた煙草入れ


赤羅紗登龍文刺繍筥迫
赤い羅紗の生地に金糸で龍と富士山が刺繍されている


富士に龍縫いつぶし一つ提げたばこ入れ
とセットの根付


龍図彫金矢立(携帯用の筆記用具)
墨壺部分に横向きの龍が描かれている


江戸東京博物館での《歴史の中の龍》
 本展の《第一章 十二支の中の龍》では、十二支では干支(えと)の動物を連想するが、古くは方角や時刻を示し、さらに《十干(じっかん》」と組み合わせて年だけでなく、月・日を表すのにも用いられた。日本では、丙午・辛酉の年や甲子・庚申の日のように、迷信と結びついて特別な意味づけがされたり、江戸の「辰巳」=深川のように、方角と地名とが結びついて常用されたりと、独自の慣習や認識も生まれたことが紹介された。

 《第二章 龍の力》では、東洋の龍が、空中を飛行し、雨や稲妻を自在に起こす霊力を持った存在として崇拝され、神や高貴な者の象徴ともされたことに着目。緊迫した場面で龍の力にあやかりたい、と願う人々の思いが込められたものとして、龍をモチーフにした武具や火事装束が紹介された。

 江戸博の《第三章 粋な龍》の展示では、以下の説明がパネルに書かれていた。「特別な場面で使われるものにだけでなく、日常使いのものにも龍の意匠は用いられました。江戸時代には、たばこ入れや印籠、櫛、笄(こうがい)など、男女を問わず、様々な装飾品に龍の意匠は使われています。現代でも龍の意匠は人気がありますが、粋でお洒落、そして何より強さを感じさせるところが、魅力となっているのでしょう。」

印籠

 印籠(いんろう)は、薬などを携帯するための小さな容器のことである。初め、印籠は文字通り印判や印肉の容器であり、室町時代中国より伝わった。その後宮中で公卿たちが火打ち石入れに使ってたが、失火を恐れて火打ち石の殿中持ち込みが禁止されて薬容器に転用された。

 薬籠(薬箱)の代わりとして飾られた印籠が、やがて薬を入れる器の呼称として通用するようになったと推測される。腰から提げる印籠は室町時代末期から桃山時代には用いられていたと思われる。
 江戸中期には、携帯用の薬入れである腰下げの小さくて美しい印籠は、実用性もさることながら、お洒落を楽しむ装身具としての役割が次第に強くなった。
 武士にとっても、一般礼装である裃を着用する際には印籠を下げることがしきたりだったが、アクセサリーの要素も大であった。

 印籠のデザインは、身分の高い人や富裕な人たちが趣味に応じて、蒔絵(まきえ)・堆朱(ついしゆ)・螺鈿(らでん)などの精巧な細工が施され意匠の凝ったものが造られるようになった。
 印籠の素材は木製または金属製で、三重・五重の円筒形,袋形,鞘(さや)形などがあ。
 各段の両脇に紐(緒締め=おじめ)を通して、先端には滑り止めの根付けを取り付け、紐を帯に挟んで使用した。

 美術工芸品として印籠や根付の評価が高くなり、欧米人に珍重されたため、国外へおびただしい数が流出した。

煙草入れ
 たばこを携帯する袋から出発した煙草入れは、きせるも合わせて持てるように専用の筒がつけられ、機能的になった。さまざまな形のなかで、代表的なものは腰に提げる《提げたばこ入れ》と着物の懐)に入れる《懐中(かいちゅう)たばこ入れ》がある。特に、提げたばこ入れは、腰まわりの装飾品として庶民に愛用され、個性的なものも作られた。煙草入れには以下に示す形がある。
・懐中(かいちゅう):主に武士・女性が着物の懐に入れて使用した
・腰差し(こしざし):きせるを筒に入れ、それを腰に差して使用した
・提げ(さげ):きせる筒とたばこを入れる袋を根付で腰から提げて使用した
・一つ提げ(ひとつさげ):たばこを入れる袋を根付で腰から提げて使用した
・とんこつ腰差したばこ入れ(江戸後期):全体が木で作られている
・インド更紗(さらさ)懐中たばこ入れ(江戸中期):女性用の美しいたばこ入れ
・木綿散縫(もめんちらしぬい)提げたばこ入れ:(江戸後期)根付で腰に提る
・たもと落したばこ入れ(江戸後期):主に武士が小物を忘れないようひもを首にかけ、たもとに袋を入れた
・おたま形たばこ入れ(江戸中期):細い所にきせるを入れ、折って帯に通して提げた
【たばこ入れについては、煙草と塩の博物館のHPより要約した】

根付
 根付とは、武士や町人たちが、巾着や煙草入れ、印籠などを帯に吊るす時につけた滑り止めのための留め具。細かな物や貴重品を持ち歩く際は、《提げもの》と呼ばれる袋物などに品物を入れ、根付を使って帯に吊るして携帯した。
 実用品であった根付は細工や彫刻に凝られるようになり、粋な男性の装飾品としての要素も強くなった。下に提げる袋物や印籠の図柄などとの組み合わせで、デザインやモチーフによる遊びやひねりも楽しむようになった。

 道具から始まった根付は、美術工芸品の域にまで達するものも作られるようになった。手のひらに納まるほどの小さな中に、作り手の美意識や技術が凝縮されるようになった根付は、ただの実用の用途のみでなく、鑑賞のための用途も兼ねるようになった。

 明治以降、服装が着物から洋服へと変わるにつれ、根付の需要も減りはじめるが、小さな美術品として美術蒐集家のコレクションの対象となっていった。現在でも、海外に愛好家が多く、名品の数々も海外の美術館などに多数収蔵されている。

 根付に使われる素材は、木材(黄楊・黒檀・檜・桜・一位材など)、動物の角や牙(象牙・鹿角・マンモス、猪の牙・水牛の角など)、陶磁器、金属、ガラス、アクリル樹脂など、様々である。

筥迫(はこせこ)
 筥迫(はこせこ)とは、和服の装飾品で、女性が正装の際、胸元の合わせに差込んで使用する懐中小物入れ用の紙入れの一種。江戸時代武家の婦人達が用いた、懐紙、鏡、紅、お香やお守りなどを入れておく和風
の化粧小物入れが起源である。
 江戸時代に広く流行するに及んで、金襴(きんらん)、緞子(どんす)、羅紗(らしゃ)などの華やかな刺繍を施し、飾り房がついている華麗なものとなった。
 筥迫(はこせこ)は、丸絎帯締、懐剣、末廣(房付き扇子)、抱え帯などの花嫁衣裳に欠かせない5つの衣装小物のひとつである。右に示す筥迫には定番である胸元に映える豪華な簪が付属していなかった。

エピローグ
 辰年を迎える2011年から2012年には、今回取り上げた江戸東京博物館のほか、東京国立博物館でも企画展示が開催され、龍をあしらった粋な小物が展示された。これらについては、《龍の謂れとかたち》の80民芸品のページに紹介しているのでご覧いただきたい。

龍の謂れとかたちはこちらをご覧ください
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