方格規矩四神鏡に宇宙の広がりを
【メルマガIDN編集後記 第368号 170815】


 三角縁神獣鏡は弥生時代から古墳時代の鏡としてよく知られている。龍楽者は、龍が文様としてあしらわれている鏡に興味を持ってきた。だ龍鏡・盤龍鏡・龍文鏡・神獣鏡など、龍があしらわれている鏡には多種あるが、今回は鏡に、青龍・朱雀・白虎・玄武の四神があしらわれている「方格規矩四神鏡(ほうかく きく ししんきょう)」を取り上げる。
 これまでに、陰陽五行思想と四神信仰、四神相応の平安京、高松塚古墳の壁画の四神などについて紹介してきたが、方格規矩四神鏡も四神にまつわる典型的な例のひとつである。


方格規矩四神鏡 後漢時代 1~2世紀
【東博(TJ-645)】


中央の方格に十二支の文字を時計回りに配し
その周囲に四神を配している


方格に二支の寅・卯・辰を、周囲の辰を配している


四神十二支鏡 青銅 隋時代(6~7世紀)  【東博(TE-236)】
鈕の周りに四神、円形の周縁の間に干支が配されている


鈕の周りの東方に青龍
円形の周縁に寅・卯・辰の動物紋が配されている


鏡の歴史
 現在、私たちが使っている鏡は、16世紀にイタリアで製作がはじまり、日本でも明治になるまでは、銅合金などの金属製の鏡が主に使われていた。
 この金属製の鏡の起源は、中国の前漢時代末から後漢時代(紀元前1世紀から紀元後2世紀)に作られた銅鏡で、朝鮮半島を経て日本列島にも多数もたらされた。時期は日本の弥生時代にあたる。その後、日本国内でも真似て製作されるようになる。
 「鏡」は、弥生時代から古墳時代には権威のシンボルとして、精巧な舶載鏡(輸入された鏡)やぼう製鏡(国産鏡)が大量に墳墓に副葬された。

古墳時代の鏡と鏡に対する思い
 日本では、弥生時代や古墳時代の有力者の墳墓から青銅の鏡が多く出土し、神社や寺院にも多くの鏡が伝えられて残っている。このことは、私たちの祖先は、鏡は単なる道具ではなく、鏡を神秘的なものと考え、鏡を祭や呪術に使い、権威の象徴として位置づけた。

方格規矩四神鏡
 古墳時代の鏡は姿を写す面が表、各種の文様と中央に紐を通す鈕(ちゅう)がある面が裏、名称は文様の違いでつけられている。

 方格規矩四神鏡は、裏面の中央の方格(方形の紋様)と、規矩(きく=コンパスと定規)に見立てたT・L・V字形の幾何学紋を主紋とする鏡である。
 中央の方格に十二支の文字を時計回りに配し、その周囲に四神を配している。

<鈕(ちゅう)>
 鈕は、中央にある穴の開いた突起部で、帯紐を通して持つための装置である。

<方格と円形の周縁>
 鏡は全体として「天円地方」とされ、「天は円く、大地は四角」という、立体的で壮大な天地の構造として、古代中国の世界観を反映している。
 方格は、中央の紐(ちゅう)を囲む方形。正方形の区画(方格)は大地をあらわし、周縁(鏡背面の縁の厚みのある部分)は天空を示している。方格に十二支の文字が時計回りに配されている。

<規矩>
 規矩とは、方格の周囲に配置されたT・L・V形の文様をコンパスや物差しに見立てたものである。方格の四辺の中央から外へ突出したT字形は天を支える柱と梁、周縁から内側へ突出した逆L字形とV字形は天と地をつなぎとめる装置をあらわしている。

<四神の文様
 方格と円形の周縁の間に、細い線で表出した青龍、白虎、朱雀、玄武の「四神」の動物紋がある。ここには、四方を守護する霊獣の四神像のほか、羽人と呼ばれる羽の生えた仙人等を配している。
 四神とよばれるこれらの霊獣は、天の東西南北を代表する星座を表現している。

<銘文(めいぶん)>
 方格規矩四神鏡の、周縁の内側などに鋳出された銘文にも、鏡の所有者に約束された、さまざまなことが記されている。ここに紹介している方格規矩四神鏡に鋳出された銘文には、鏡に表した仙人の長寿ぶりがうたわれている。

四神十二支鏡
 十二支鏡は、災いを払うものと信じられ隋時代に広く流行した。東京国立博物館が所蔵している四神十二支鏡(TE-236)を紹介する。

 四神と十二支があしらわれているが、方格規矩四神鏡とは、その配置が異なっている。 
 方格規矩四神鏡では、中心部に近い方格に十二支が配されたが、四神十二支鏡では、鏡に帯紐を通すための鈕を中心として、東西南北を表す四神が配され、円形の周縁部に十二支の動物紋が巡っている。

 中国ではそれまで「子」、「丑」などと漢字で表されてきた十二支を、隋時代に鼠や牛などの動物紋で表象するようになった。

 四神は、天の東西南北を代表する星座を表現しているが、鏡の周縁をぐるりと回る動物紋で表現された十二支も、四つに仕分けされて各方位に割り当てられている。

エピローグ
 最初に「鏡」に興味を持ったのは、2010年に東京国立博物館の平成館1階の考古展示室で開催されていた「日本の考古」で大量に展示されている古墳時代の龍があしらわれている「鏡」を見てからである。
 その後も、「博物館へ初もうで」でその年の干支の特集や東洋館の3階に展示された龍があしらわれている「鏡」を撮影し、ホームページで紹介していきた。
 今回は、「四神」に着眼して、これらの中より「方格規矩四神鏡」を紹介したが、この鏡が「天円地方」を現し、この小さな鏡に天地の運航にのっとり、古の人達が宇宙に思いをはせていたことを知った。

 「四神」と「干支」のかかわりにおいては、高松塚古墳とキトラ古墳での青龍と白虎の向きについて思い出される。両者には共通点も多いが、白虎の配置(向き)については異なっている。
 高松塚古墳では、青龍と白虎が開口部のある南方を向いる「並行型」であり、キトラ古墳では、白虎が北向きに描かれている「循環型」となっている。「四神」と「干支」が配されている鏡を見ると、循環している干支に四神が習うようになったのもうなずける。
【生部 圭助】

【参考とした文献など】
・東京国立博物館の鏡の展示の説明文
・『方格規矩四神鏡』:難波洋三(京都国立博物館 考古室 1996年)

四神信仰に関して作成したホームページ
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