四神の信仰~東方と春を守護する蒼龍~

【メルマガIDN編集後記 第246号 120715】

 今年は辰年。前回より日本へ戻り、吉祥の《四瑞》として、四種の瑞獣、麒麟・鳳凰・亀・龍について紹介した。今回は、《四神の信仰》で鎮護の役を担う神獣、青龍、朱雀、白虎、玄武(亀と蛇)について紹介する。


四神の位置づけ


四神の役割


高松塚古墳 四神のうちの青龍
【笹間良彦 図説・龍の歴史大辞典より】


平安京と江戸は四神相応の都

 
平安神宮の白虎と蒼龍


横浜中華街の東を守護する朝陽門
四つの牌楼(パイロウ・門)を《横浜まちあるき》に紹介


横浜中華街の北を守護する玄武門の亀と蛇


変形方格規矩四神(獣文)鏡  古墳時代・4~5世紀
【奈良県河合町 佐味田宝塚古墳出土】

四神の信仰とは
 四神の信仰は古代中国で誕生し、日本へ伝えられたもので、東は青龍、南は朱雀(鳥)、西は白虎、北は玄武(亀と蛇)という神獣がそれぞれ鎮護するというもの。四神を配した地は風水では最良の地とされ、邪気を遮断し、福禄・無病・長寿を呼び込むとされている。

 古くは、『続日本紀』の大宝元年(701)正月元日の条に、「朝賀の儀式に烏形の幢(どう)、左に日像(にっしょう)・青竜・朱雀の幡(ばん)、右に月像(げっしょう)・玄武・白虎の幡が立てられた」ということが明記されている。 

 東を鎮護する青龍《東方神青龍》については、中国の伝説上の神獣で蒼龍ともいい、長い舌を出した龍の形とされる。青は五行説では東方の色とされる。また青龍の季節は春とされている。

 北方の玄武は亀と蛇の結合した形であらわされる。蛇は原初的な混沌をあらわすウロボロス(尾をかんで円形をなす蛇または竜)を想起させ、蛇と亀は宇宙を生みだす性的交合を表現したものとも考えられている。

高松塚古墳
 高松塚古墳の石室は凝灰岩の切石を組み立てたもので、南側に墓道があり、南北方向に長い平面の形状をしている。
 石室の寸法は長辺(南北)の長さが約265cm、短辺(東西)の幅が約103cm、高さが約113cm(いずれも内法寸法)であり、平面形状は三畳間に近い。
 壁画は石室の東壁・西壁・北壁・天井の4面に存在しており、切石の上に厚さ数ミリの漆喰を塗った上に描かれている。

東壁:手前から男子群像、四神のうちの青龍とその上の日(太陽)、女子群像
北壁:四神のうちの玄武
西壁:手前から男子群像、四神のうちの白虎とその上の月、女子群像
南壁:四神のうち南方に位置する朱雀が描かれていた可能性が高い

 天井には、星辰が描かれている。円形の金箔で星を表し、星と星の間を朱の線でつないで星座を表したもの。中央には北極五星と四鋪四星(しほしせい)からなる紫微垣(しびえん)、その周囲には二十八宿を表している。

 中央の紫微垣は天帝の居所を意味しており、高松塚古墳は天帝が四神に守られて眠っているところであり、四神の信仰が守られている。

平安京は四神相応の都
 古代の宮都も風水学的に四神相応の地を選択して建設された。桓武天皇は、延暦13年(794)、長岡京から平安京へと都を遷した。遷都にあたって、中国の古典に詳しい学者を集めて四神相応の最適な地を探させ、この地が《平安楽土》とみなされたことが、平安遷都の理由のひとつだった。

 一般に四神相応の地とされているのは、東に清き流れがあるのを《蒼(青)龍》、南が広く開けた湿地帯であるのを《朱雀》、西に大きな道が続くのを《白虎》、北に高くそびえる山があるのを《玄武》とされている。

 平安京では《蒼龍》が賀茂川、《朱雀》は干拓されて今は無き巨掠池、《白虎》は山陽道(もしくは山陰道)、《玄武》は舟岡山とされている。

 江戸に目を転じてみると、江戸も風水学的に四神相応の地となっており、鬼門には意図的に寺が配されているのがわかる。右に示す図に、平安京とともに江戸における四神と地理的なかかわりを示した。

平安神宮は四神信仰とゆかりが深い
 平安神宮は平安遷都1100年を記念して、明治28年に第50代桓武天皇をご祭神として創建され、四神の信仰とのゆかりはきわめて深いものがある。年間の祭事である4月15日の例祭と10月22日の時代祭には境内に四神旗が掲げられる。

 平安神宮の大鳥居をくぐって、應天門(神門)を抜けると左右に手水所がある。大極殿に向かって右側(東側)に蒼龍、左側(西側)に白虎の石の彫刻がある。
 平安神宮の建物の配置において、大極殿の東には《蒼龍楼》、西には《白虎楼》、本殿の東に位置する中神苑の池には《蒼龍池》、西神苑の池には《白虎池》の名前がつけられている。

 平安神宮において、東方は蒼龍に西方は白虎によって鎮護されているが、北と南の守りはどのようになっているのかわからない。

横浜中華街は四神の牌楼(パイロウ・門)で鎮護されている
 横浜中華街は、約0.2平方キロのエリア内に500店以上の店舗がひしめいている日本最大の中華街となり、神戸南京町や長崎新地中華街とともに三大中華街とされている。
 横浜中華街には現在、10基の牌楼(パイロウ・門)が建っている。その中の4基が風水思想に基づいて建てられている。

 横浜中華街の地図上に、青龍と白虎の東西軸と朱雀と玄武の南北軸を書いてみると直角になっていない。また、方位も正確には東南西北に合致していない。方位軸が45度ずれていると書かれているものもあるが、45度も正確でないように見える。
 横浜中華街は、皇帝や王が王城を築くときに行った都市計画とは違って、街が出来て、時代と共に増殖して今日の姿になったことを考えられる。

方格規矩四神鏡の四神
 3~4世紀の古墳には、精巧な舶載鏡(輸入された鏡)やぼう製鏡(国産鏡)が大量に納められ
 副葬品の重要な位置を占めている。古墳時代の鏡は姿を写す面が表、各種の文様と中央に紐を通す鈕(ちゅう)がある面が裏。名称は文様の違いでつけられている。

 《方格規矩四神鏡》は、四神像を細い線で表出し、方格規矩文をもつことを特徴とする。宇宙の秩序を示す、鈕(ちゅう)を巡る方形区画(方格文)とT・L・V形の物差し(規矩文)の間に四方を守護する霊獣の四神像《青龍・白虎・朱雀・玄武》のほか、霊芝を青龍に与える神仙や仙鹿などが表されている。

エピローグ:二十八宿について
 高松塚古墳の天井には二十八宿の諸星が描かれている。円形の金箔で星を表し、星と星の間を朱の線でつないで星座を表している。中央には北極五星と四鋪四星(しほしせい)からなる紫微垣(しびえん)があり、その周囲に二十八宿を表す。中央の紫微垣は天帝の居所を意味している。
 二十八宿とは、天の黄道(太陽の軌道)に沿って選び出された古代中国の28の星座を言う。各星宿は、東→北→西→南と数えられ、青龍(東方)、玄武(北方)、白虎(西方)、朱雀(南方)の神獣を《四宮》とし、それぞれに七宿ずつを配している。

 青龍=東方七宿の最初の《角(すぼし、おとめ座アルファ星)》は、祭祀、棟上げ、婚姻、普請、衣類仕立て、着初め、醸造火入れ、旅立ちなど、すべて進むことに吉とし、葬式は忌む(凶)、というように、吉凶をあらわしている。

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