龍が活躍する陰陽五行思想と四神信仰
【メルマガIDN編集後記 第365号 170701】

 龍は四種の「瑞獣」のひとつとされる。「陰陽五行思想」においては、五行の一つ「木」に龍が相当している。四神信仰において龍は、四神の一つとして東方面を鎮護するとされる。「風水四神獣」ともされる龍は吉祥獣として位置づけられている。
 身近な例を紹介すると、横浜中華街には10基の牌楼(パイロウ・門)が建っている。その中の4基が風水思想に基づいて建てられており朝陽門(東:龍)、朱雀門(南:朱雀)、延平門(西:白虎)、玄武門(北:玄武)が中華街を鎮護している。
 大相撲の土俵上の吊屋根の四隅に4色の房が垂れ下がっており、これを四房(しぶさ)という。四房のそれぞれの色は四神のシンボルカラーに相応しており、方角、四季、四神獣をあらわし、土俵を守り、五穀豊穰を祈念している。
 「陰陽五行思想」と「四神信仰」のかかわりは大きいとされる。今回は、五と四の違いや、両者の共通点などを解明することを主として記してみたい。


龍は四種の瑞獣のひとつ


五行の5つの元素  相生関係と相剋関係

龍は四種の瑞獣のひとつ
 瑞獣の《瑞》の字は中国では吉祥、めでたいという意味を表し、麒麟・鳳凰・霊亀・応龍などの四種の獣のことをいう。また、瑞獣は吉祥獣と呼ばれ、四瑞(しずい)とか四大瑞獣と呼ぶことがある。短く、麟(りん)・鳳(ほう)・亀(き)・龍(りゅう)とも言う。

陰陽五行思想
 陰陽五行思想は、陰陽思想と五行説が統合されて観念的な陰陽五行思想として完成したとされる。
 陰陽思想は、古代中国神話に登場する帝王「伏羲」が作り出したものであり、最初の記録は紀元前1000年前後。
 自然界のあらゆるものが「陰」と「陽」という、相反する形で存在し、それぞれが消長をくりかえすという思想である。たとえば、太陽は陽で月は陰、奇数が陽で偶数が陰、表が陽で裏が陰という具合。この陰陽思想はやがて五行説と結びついていくことになる。

 五行説は,夏の創始者「禹」が発案したものであり、最初の記録は紀元前400年前後。
 五行の思想は、自然界は木(もく)、火(か)、土(ど)、金(ごん)、水(すい)の5つの元素で成り立ち、五行の生成の順序は、水行・火行・木行・金行・土行の順とされる。
 五行の行という字は、巡るとか循環するという意味があり、5つの要素が循環することによって万物が生成され自然界が構成されていると考えられていた。(図を参照)

<五行(5つの元素)の相生・相剋・比和の関係>

 五行の相生関係は、隣り合う相手の元素を補い、強める影響を与えることをいう。水は木を生長させ、木は燃えて火を生む、火が燃えたあとには灰(土)が残る、土の中で養分が固まり金(鉱物)を生じ、金は腐食して水に帰る。

 五行の相剋関係は、向かい合う元素が抑制し調整する関係をいう。水は火を消す、木は土から養分を吸い取って生長する、火は金属を溶かす、土は水を吸い取り流れを止める、金属は木を切り倒す。

 五行の比和の関係は、木と木、火と火、土と土、金と金、水と水は相乗効果でますます盛んになることをいう。これが良い方向へゆけば「さらに良くなる」となるが、逆に悪い方向へゆくと「ますます悪くなる」ということになる。

五行 四神
(五獣)
方位 地勢
一日 季節 人生 五龍
青龍 流水 青春 青龍
朱雀 湖沼 朱夏 赤龍
白虎 西 大道 白秋 白龍
玄武 丘陵 玄冬 黒龍
(黄龍・麒麟) 中央 土用 黄(金)龍
事例 横浜中華街の牌楼
江東区(東京)の四神
高松塚・キトラ古墳
松戸神社の神幸祭
張忠義石棺
方格規矩四神鏡
平安京
江戸
土俵の四房
ちらし寿司
北原白秋
白虎隊
田無神社
(五龍神)

四神
 風水四神獣
 四神の信仰は古代中国で誕生し、日本へ伝えられた。四神の起源は古代中国の天文思想で、星座(二十八宿)をさらに四方七宿ごとにまとめ、まとめた形を龍・鳥・虎・亀の4つの霊獣の姿に見立てたものであり、四獣、四象とも言う。これに五行思想が絡むことで、「黄竜」(おうりゅう)、あるいは麒麟を加えたものが「五神」(ごじん) と呼ばれ、さらに属性という考えが付属されるようになった。

<中国と日本>

四神


横浜中華街の東を鎮護する朝暘門


 前1世紀頃の古代中国の経書『礼記』曲礼篇上に「朱鳥を前にして玄武を後にし、青龍を左にして白虎を右にし、招搖上に在り」 と記されている。また『淮南子』天文訓には五行思想に基づき、中央に黄龍が加えられている。
 日本では、『続日本紀』の大宝元年(701)正月元日の条に、「朝賀の儀式に烏形の幢(どう)、左に日像(にっしょう)・青竜・朱雀の幡(ばん)、右に月像(げっしょう)・玄武・白虎の幡が立てられた」ということが記されている。

<四神の役割と属性>
 
古来、中国では皇帝が王城を築くときに城内の安全と繁栄を願って東南西北に限って通路を開いて、各方位の守護神として四神を置いたとされる。北は玄武(亀と蛇)、東は青龍、南は朱雀(鳥)、西は白虎という神獣がそれぞれ鎮護するというもの。

 四神は方位のほか、四季では《春・夏・秋・冬》、一日では《朝・昼・暮・夜》、色としては《青・赤・白・黒》、があてられている。

<風水四神獣 地勢>
 
四神獣は、風水とも深く関係があり、四神を配した地は風水では最良の地とされ、邪気を遮断し、福禄・無病・長寿を呼び込むとさる。
 大地の四方の方角を司る「四神」の存在に最もふさわしいと伝統的に信じられてきた地勢や地相のことを四神相応(四地相応)という。

 四神相応の地とされているのは、東に清き流れがあるのを《蒼(青)龍》、南が広く開けた湿地帯(海、湖沼)であるのを《朱雀》、西に大きな道が続くのを《白虎》、北に高くそびえる山があるのを《玄武》とされている。天空の東西南北を司るそれぞれの獣神を風水四神獣とも呼ぶ。
 平城京の遷都の詔に四神でなく「四禽」と書かれているが、賀茂川(蒼龍)、巨掠池(朱雀)、山陽道もしくは山陰道(白虎)、舟岡山(玄武)に鎮護される平城京は四神相応の都とされる。江戸も、風水四神獣にのっとって、建都されたと言われている。

エピロー
 陰陽五行思想や四神信仰をもとにした事例を表に示したものも含めいくつか紹介しよう。
 冒頭に大相撲の土俵における四神(色や四神獣)について紹介したが、丸い土俵が「陽」で、それを囲む四角が「陰」、中央に土俵があり、それが黄色であるという陰陽五行思想にも添っていることがわかる。
 一日の移り変わりを例にとると、東方の霊気は青龍神が見張り、陽気が南方に入ると朱雀神に引き継ぎ、西方に移ると白虎神が受け、陰気が満ちる夜になると北方を玄武神が守護する。
 人生を四季に例え、若年期を「青春」、壮年期を「朱夏」、熟年期を「白秋」、老年期を「玄冬」と表現する。
 会津藩が武家男子を中心に構成した軍の舞台名に、白虎隊(17歳以下)、朱雀隊(18歳から35歳)、青龍隊(36歳から49歳)、玄武隊(50歳以上)、と名づけていた。
 ちらし寿司で使われる四色の具材は、四神または四季を、五色(五行)の具材で宇宙を表現しているといわれる。【生部 圭助】

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